文庫本
「ねえ、何してるの?」

すっかり寝る支度をした猿が、俺の寝台に登って手元を覗き込んできた。

「見りゃわかんだろうが」
「本、読んでるんだ。珍しいじゃん」
「バーカ。お前と一緒にすんな」
「あ、バカにした」

猿はそう言って、丸い頬をガキみたいに膨らませる。
そういや、コイツはまだガキだった。
拾って、側に置いてかれこれ五年経つ。
その間に色々あったが、今は身体を重ねるようにまでなっちまった。

悩んだ自分がバカらしくなるほどの簡単でありふれた切っ掛けで、手に入れた存在。

「何て本?」
「あ?」

人が考え事をしてる間に、猿は布団の中に入ってちゃっかり、足の間に治まってやがる。

「ねぇ、何て本?」

背中を俺の胸に預けて、片手に持っていた文庫本を持った手ごと、自分の前に持っていく。

「…えっと……」

暫く、無言で読んでいたが、何を思ったのか眉間に皺を寄せて、俺を振り返った。

「何だ?」

ほんのりと頬が赤い。

「……スケベ」
「あぁ?」

何を言いやがる。
と、猿が読んでいたページに目を落とせば、ちょうど睦言の場面。
これぐらいなら読める漢字が少なくても、何が書いてあるかぐらいは読めたのだろう。
初々しいこった。

確かに、猿は性的な事柄に対して疎い。
何より環境がそうさせてきた。
女人禁制で禁欲主義の禅寺で、性的行為だなんだと語れるわけもない。
何より面倒臭い。

自然なままで育ち、興味が湧けばその時点でと、思っていたのも事実で。
そう思いながら手を出したのは俺で、受け容れたのはコイツ。

自分でも経験していることだから、読解力もあったらしい。
最も、ここは男と女の場面だが。

「こんなのばっか読んでるから、三蔵はスケベなエロ坊主なんだ」
「…あっ?」

何を勘違いしてやがる?

「だ、だから俺に…恥ずかしいこといっぱいさせるんだ」
「あのな…」

腕の中で言う台詞か?

「…意地悪、なんだ」
「どうしてお前はそう…」
「バカだもん」
「悟空?」

人の足の間に座って、無防備な背中を晒して?

「それを気持ちいいって思う自分が、もっと恥ずかしくて、悔しいのっ!」

言うなり、身体を反転させてしがみついてきた。
反動で寝台の頭板に背中をぶつけた。

面白いヤツ。

たかだか小説の一場面を読んで、こんな風に思うなんて、本当に猿だ。
でまた、それが可愛いなどと思ってしまう己もそうとう湧いてる。
猿に溺れてる。

「なら、気持ちいいとだけ思っていればいいだろうが」
「三蔵がスケベなのに?」
「スケベは嫌か?」

しがみついたままの身体を膝の上に抱き上げて、耳元へ囁く。
すると、猿の細い背中が小さく震えた。

「…………エロぼーずでも、三蔵が好き」
「上等だ」
「へっ?」

蚊の鳴くような返事に俺は笑うと、しがみついた悟空の身体を引きはがした。
見上げた顔は、耳と言わず、首筋まで真っ赤に染まっていた。

見つめてくる瞳が、潤んでいる。

知ってるか、猿。
そうやって無意識に俺を煽るお前の方が、スケベだってこと。
単純なお前が、愛しいよ。

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