文庫本 |
「ねえ、何してるの?」 すっかり寝る支度をした猿が、俺の寝台に登って手元を覗き込んできた。 「見りゃわかんだろうが」 猿はそう言って、丸い頬をガキみたいに膨らませる。 悩んだ自分がバカらしくなるほどの簡単でありふれた切っ掛けで、手に入れた存在。 「何て本?」 人が考え事をしてる間に、猿は布団の中に入ってちゃっかり、足の間に治まってやがる。 「ねぇ、何て本?」 背中を俺の胸に預けて、片手に持っていた文庫本を持った手ごと、自分の前に持っていく。 「…えっと……」 暫く、無言で読んでいたが、何を思ったのか眉間に皺を寄せて、俺を振り返った。 「何だ?」 ほんのりと頬が赤い。 「……スケベ」 何を言いやがる。 確かに、猿は性的な事柄に対して疎い。 自然なままで育ち、興味が湧けばその時点でと、思っていたのも事実で。 自分でも経験していることだから、読解力もあったらしい。 「こんなのばっか読んでるから、三蔵はスケベなエロ坊主なんだ」 何を勘違いしてやがる? 「だ、だから俺に…恥ずかしいこといっぱいさせるんだ」 腕の中で言う台詞か? 「…意地悪、なんだ」 人の足の間に座って、無防備な背中を晒して? 「それを気持ちいいって思う自分が、もっと恥ずかしくて、悔しいのっ!」 言うなり、身体を反転させてしがみついてきた。 面白いヤツ。 たかだか小説の一場面を読んで、こんな風に思うなんて、本当に猿だ。 「なら、気持ちいいとだけ思っていればいいだろうが」 しがみついたままの身体を膝の上に抱き上げて、耳元へ囁く。 「…………エロぼーずでも、三蔵が好き」 蚊の鳴くような返事に俺は笑うと、しがみついた悟空の身体を引きはがした。 見つめてくる瞳が、潤んでいる。 知ってるか、猿。 |