車
見上げる空と一緒に白い雲が後ろへ流れてゆく。
走る速度と同じ速さで流れてゆく。

三蔵と一緒に乗った大きな黒塗りの車。
後ろのシートが向かい合わせになった長くて大きな車。

車なんてあんまり走ってないし、八戒のジープぐらいしか見たことないから珍しい。
でも、一緒に乗ってる三蔵の機嫌は、めちゃくちゃ悪い。
もう、それは、それは地の底にめり込んでるぐらい。
だって、眉間のしわが多いし、唇は引き結ばれて怖いから。

それでも俺は、訊きたいことがあって、何度も訊いている。
返事がなくても。



今日は、正式な装束の三蔵と着飾った俺。

何で俺まで一緒に行かなくちゃならないのか分からない。
大抵、何処かの偉い人の招待で出掛ける時、俺は留守番だから。
今日みたいな事は、青天の霹靂なのだ。

「なあ、どこに行くんだ?」

何回訊いても行き先を答えてもくれない。
訊くたびに、今にも怒鳴り出しそうに顔が、唇が動く。
それが、ちょっと怖くなってきたから、仕方なしに見上げた空は、天気がよくて、気持ちよさそうで。

でもやっぱり気になるから。

「なあ…三蔵ぉ……」

白い衣をそっと掴んで揺すれば、ずっと閉じられていた瞳が開いて、やっと俺を見てくれた。
その瞳に怒りはなくて。
どこか、心配そうな色をしていた。



不機嫌なのは、わざと?



そんなこと考えていたら、三蔵が真剣な顔で話し出した。

「いいか、絶対、俺の傍から離れるな」
「何で?」
「何でもだ」
「傍にいて、邪魔になんない?」
「ならないから、傍にいろよ」
「うん!わかった」

俺がそう頷くと、三蔵は凄く安心したような息を吐いた。

「さんぞ?」

衣を掴んだ手を離されて、抱き込まれた。
今日の三蔵は、本当に変だ。

いつもだったら絶対、側に居ろなんて言わないくせに、今日は傍から離れるなだって。
すごく嬉しいけど、本当に仕事の邪魔にならないかな?
大丈夫かな?

さっきまでの不機嫌が、嘘みたいに、三蔵の空気が柔らかくなった。
だから、

「…なんかあった?」

抱き込まれた身体を少し離して顔をみれば、

「何にもねぇよ」

そう言って、笑って、触れるだけの口付けをくれた。
俺は、顔が赤くなるのがわかって、俯いてしまった。
そうしたら、また、抱き込まれてしまった。

柔らかな絹の感触と三蔵の匂いに、俺の顔は緩んで。

これから行く先で何が待ってるのか知らないけれど、そこへ行き着くまでは、三蔵と二人っきり。
優しく、甘やかしてくれる三蔵と二人っきり。

ほんの少しの幸せの時間。

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