ささやかな風景 #10 -Trick or Treat-

「三蔵!」

呼ばれて振り返った俺は持っていた書類の束を取り落とした。
書類の束は机と言わず、床と言わず、辺り一面に散らばった。
机の上に落ちた何枚かが、硯の上に落ち、たっぷりと墨を吸い込んでいく様を視界の端に俺は捉えていた。


野郎…書き直しじゃねえか…


そんなことを思っても、目の前でそれは嬉しそうにくるりと廻って見せるサルの姿から、俺は視線を外すことが出来なかった。

「何、驚いてるのさ?変か…?」

よほどサルを見つめる俺の顔が可笑しかったのだろ、悟空は笑顔を引っ込め、心配そうな顔付きで自分の身体を見下ろす。
そして、俺を伺うように見やった。

「なあ…なあってば、変?おかしい?」

散らばった書類を踏んで、机の上の書類に手を付いて、悟空は身を乗り出して訊いてくる。
が、俺はあまりの姿に何一つ言葉が浮かんでこない。

「なあ、三蔵…俺、仮装出来てない?上手くない?なあってば!」

ばんっと机を叩く。
その拍子に水入れが倒れ、書類の上に素敵な水溜まりが出来上がった。

「三蔵ってば!」

もう一度、怒鳴って悟空はむうっとむくれた。
その姿に俺は、言い知れない脱力感と疲労を感じて、ため息を吐いた。

「な、なんだよ…?」

俺のため息にひくりと悟空は怯えたような仕草を見せた。
その途端、俺の身体は無条件にハリセンを握り、力一杯サルの頭に振り下ろしていた。

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