ささやかな風景 #17 -Gap-

「信じらんねぇ──っ!」

雄叫びのような声が上がると同時に物が叩き付けられる音が隣室から響き渡った。

「怒ってますよ?三蔵」

その音を嬉しそう聞きながら、光明は優雅な手つきでカップを上げる。

「──っ…誰の所為ですか、誰の…」
「はて、何方が原因ですか?」

しれっと小首を傾げてみせる。
その様子に三蔵は一瞬、目の前が真っ暗になった。

「総帥…」

気力を振り絞って呼べば、

「光明です、三蔵」

常々言われている注意が返り、三蔵の頬に朱が刺す。

「──…!ぁ…光明さま」

呼び捨てにしろと言われていることも失念して、

「光明」

と、呼べば、澄ました顔で訂正された。
主人を呼び捨てにすることには慣れない。
光明は他人行儀だと怒るが、三蔵にしてみれば雇い主であるわけで、主人なのだから勘弁して欲しい。
と言えば、悟空は呼び捨てではないかと、反論された。
けれど、悟空は兄妹のように大きくなったから仕方ないと、言い訳は聞いてもらえなかった。
でも、抵抗はあるのだ。
もう恥ずかしい程に、逃げ出したい程に。
しかし、ここで、こんなことで押し問答していたら、悟空の機嫌が手に負えなくなる。
だから───

「───っ!こ、みょう…」

言えば、

「良くできました」

と、嬉しそうに光明が笑った。
それを待っていたかのように、隣室から何かが砕ける音が聞こえてきた。
その音に三蔵がぴくりと頬を引きつらせる。
早くここから連れ出さないと、後始末がもっと大変になる。
そんな三蔵の内心の焦りを知ってか知らずか、光明は紅茶を一口飲むと、さも慈悲深い主人といった風情で告げた。

「ご褒美に連れて帰っていいです」

その言葉を聞くなり、三蔵は頷くよりも早く、隣室へ走って行った。
大慌てで隣室に消えた背中に、光明は柔らかな笑顔を浮かべて呟いた。

「せっかくの新年会なのにねぇ…もったいない」

残念そうにため息を吐き、

「ラブラブですねぇ」

と、喉を鳴らして笑ったのだった。

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