ささやかな風景 #19

「冷てぇ…」

そう言いながら、三蔵が白衣に水を滴らせて帰ってきた。
笙玄がそれを待ちかまえたように、バスタオルを三蔵に掛けて、湯殿へ道いて行く。
もうそんな時期なんだ。
”上巳の祓”だっけ…確か、禊ぎをして汚れを祓う日だったと思う。
この後、宴会があるんだよな。
坊さん達の一年に一回の無礼講の宴会。
でも、三蔵は出ないって言ってた。
乾杯の音頭をとったら戻ってくるんだって。
毎年、そうだから今年もそうなんだろうな。
そんなことを思って、三蔵が消えた湯殿方を向いていたら、笙玄が戻ってきた。

「悟空、三蔵様がお湯から上がられたら、お茶にしましょうか?」

って。

「うん!」

嬉しくて頷けば、笙玄の優しい笑顔が返ってきた。
そして、三蔵が風呂から上がってきたのを見計らって、笙玄が暖かいお茶と草餅を出してくれた。

「今年初めての草餅ですよ、悟空」
「そうなんだ」
「はい、味わって下さいね」
「うん」

言われて、頷いて、草餅を囓った。
ヨモギの独特の薫りがして、あんこが甘くてすっげぇ美味しい。
見れば、三蔵も美味しそうに草餅を食べていた。

「悟空には”上巳の祓”よりは”草餅の節供”のほうがいいようですね」

そう言って笑うから、三蔵の顔を見れば、

「そうだな、禊ぎよりは食い気だしな」

三蔵も笑う。

「何だよ、それぇ…」

むくれて問えば、

「今頃はちょうど、草餅に欠かせないヨモギの新芽が出る頃だから、そう言うんです。”上巳の祓”の別名である”桃の節供”の別名です」

そう、笙玄が説明してくれた。
確かに、冷たい川に入って、水浴びするより、草餅を食べる方が良いに決まってるもんな。

「草餅の節供、かぁ…おもしれぇ」

そう言って笑ったら、三蔵がちょっと呆れた顔をした。

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