ささやかな風景 #22

たわわに枝に咲く八重桜。
赤茶色の真新しい葉と黄緑の若い葉。
先に咲く単衣の花よりも紅も濃く、大輪の花達が見上げる子供を見下ろしていた。

「…重そう」

枝が撓るほどの花に子供が素直に瞳を見開いて呟けば、大丈夫だと言うように枝が微かに震えた。
花の向こうには少し霞んだ青空。
雲一つなく晴れた空の青を背に花達はふるふると花弁を揺らして、見上げる子供に笑いかけた。

「うん、きれーだ」

ふわりと浮かべた子供の笑顔に、花達ははにかんだ娘のようにその色を濃くした。
鮮やかに広がる紅の色に子供がその瞳を輝かせて、うっとりとした吐息をこぼす。

「…きれー」

魅入られたように見つめているその背中に声がかかった。

「何を見てんだ?」

声に振り返れば、見上げていた八重桜よりも鮮やかな人が不思議そうな顔付きで立っていた。

「三蔵、もう終わったの?」

春の陽差しに閃く姿に眩しそうに瞳を軽く眇めて、子供が問えば、

「終わった」

と、返事が返った。

「で、何をそんなに一生懸命見てたんだ?」

もう一度、問われて、子供が後ろの八重桜の木々を振り返って、見上げた。
それに吊られるように三蔵も八重桜を見上げる。

「八重桜…か」
「うん、きれーだろ?」
「そうだな」

陽差しに揺れる花達の色に眩しそうに三蔵は瞳を眇めた。
三蔵の同意に子供は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「三蔵もキレイだって」

声もなく呟けば、ざわりと木々が鳴った。
それに笑顔を深くする子供に、

「行くぞ」

そう告げて、三蔵は踵を返した。

「うん」

三蔵に頷き、子供は、

「じゃあな」

元気よく八重桜に手を振って、三蔵の後を追った。

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