ささやかな風景 #23

最近、と言っても、この何日かであるけれど、三蔵が変だと、悟空は思う。
ぼうっと、窓の外を見ているかと思うと、思い詰めたようなため息を吐く。

「何?」
「…あ、ああ…何でもねぇ」

訊いても、曖昧な返事しか返って来ない。
でも、様子は変だった。

「…なあ、三蔵どうかしたのか?」

物思いに沈む三蔵の姿は、悟空を不安な気持ちにさせた。
様子が可笑しい原因もわからないから尚更だ。

「…ぁああ…」

悟空の問いかけに答える声も態度も上の空でしかない。
そんな様子に悟空は唇を噛みしめて、

「そ…」

何気ない風を装って、湯殿に向かった。
身体を洗うのもそこそこに、湯船に浸かれば、暖かな湯が悟空の淋しい気持ちを包んでくれる。

何があったのか。
何が気になるのか。

何があっても三蔵は悟空の介入を簡単には許してはくれない。
そのくせ三蔵は簡単に悟空に介入し、気持ちを攫っていってしまう。

「ずりぃ…」

ぶくぶくと湯の中に沈んで、悟空は泣きたい気持ちを堪えた。




そんな悟空の気持ちを慮る余裕すらない三蔵は、茶の支度をしてきた笙玄に呆れ返られていた。

「いい加減、諦められるというか、腹をくくられた方がいいと思いますよ、三蔵様」

ため息混じりで言われた言葉に、笙玄を振り返って睨んだ。

「てめぇ…」
「仕方ないじゃないですか。あちらは国家の最高権力者、方や仏教界では最高位ではありますが、世間ではただの一僧侶。太刀打ち出来る訳、ないじゃないですか」

笙玄の言葉に三蔵が怒気を纏う。

「それに…何事も我慢が必要だと日頃、悟空や私に仰っているのは三蔵様じゃないですか」
「うるせぇ」

怒る声に纏う怒気程の、威力はなかった。

「一日、我慢なさればいいんですよ。あの方は三蔵様がお側にいらっしゃるだけで幸せなのですから」

にっこり笑って差し出された湯呑みを恨めしげに見やって、三蔵はそっぽを向いた。
そのあまりに幼稚な仕草に、笙玄は笑いを堪える。

「お話相手をするのがそんなにお嫌ですか?」
「嫌だ」
「ただの茶話会ですよ?」
「あれが?あれが、か?!」

きっと振り返った三蔵がばんっと、机を叩いて思わず声を荒げた所へ、悟空が湯殿から戻ってきた。

「…さ、んぞ…?」

びっくりした悟空の声と表情に、三蔵の表情がしまったと歪む。
その表情を見た途端、悟空の中で何かが切れた。

「何なんだよ!何、隠してんだよぉ!ちゃんと言ってくれよ。でないと俺…俺…」

怒鳴り声は次第に小さくなり、悟空は俯いてしまった。
その様子に三蔵は瞳を見開いたまま笙玄を見やり、悟空に視線を戻す。

「…三蔵様」

ため息混じりに笙玄に名前を呼ばれて、三蔵はがっくりと肩を落とすと、小さく頷いたのだった。
そして、今度は深くため息を吐くと、俯いたまま立ち尽くす悟空を引き寄せ、その腕の中に抱いた。

「……悪かったな」

抱き込んだ悟空の耳元でそう言った三蔵は、今度は力を入れて悟空の身体を抱きしめた。
そして、告げられた内容に悟空がびっくりして、呆れたのは言うまでもなかった。

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