ささやかな風景 #26

暑い。
部屋にいても暑い。
三蔵の避難場所、大雄宝殿の床も最初だけですぐに暑くなる。
暑いったら暑い。

「あっちぃ…」

暑い寺院を抜けて裏山に来た悟空は、木々の間を吹き抜ける風にほうっと、体の力を抜いた。
木陰から振り返る寺院は、陽光に焼かれて眩しく光っている。

「三蔵も抜け出せたらいいのに…」

そう言ったところで、盆の行事が差し迫ったこの時期に、執務室を抜け出すこと何て無理で、この暑い中、眉間の皺を深く刻んで仕事をしているはずだ。

「最高僧って仕事も大変だなあ」

呟いて、悟空は木々の間を抜け、最近見つけた小さな泉に向かった。
その水はこの暑さだというのに、身を切る程に冷たい。
なぜ、この泉の水だけがこれほど冷たいのか、悟空にはわからなかったが、息苦しくなる程の暑さが泉の傍だけは快適なのは事実だから、悟空は涼を求めて泉に向かった。




「うーん、やっぱりここは涼しいっ!」

ぱふんと、泉の湿気にほどよく冷えた下草に倒れ込んで、悟空は気持ちよさそうに身体を伸ばした。
ここに来るまでにかいた汗が、見る間に引っ込んで行く。

「やっぱり…三蔵を連れて来たいなあ…」

暑いのも寒いのも苦手な養い親の不機嫌な顔を思い出して、悟空は小さくため息を吐いた。
ごろごろと転がって泉の縁に近づくと、手で水を掬って飲む。

「せめてこの水だけでも冷たいまま持って帰れたら、三蔵も少しは涼しくなるかなあ…」

ぱしゃりと、水を跳ねさせても手元に水を入れて帰る器もなく、悟空はまたころりと仰向けになった。
見上げる木々の葉ずれから真夏の陽差しが零れて光る。
揺れる光が午睡を誘ってくる。

「…ねみぃ…かな…」

揺れる光と泉の囁き、冷気に引かれるように悟空はあくびを漏らした。

「……明日…あ、したこそ連れて…きてあげるかんな…」

呟きは森の吐息に紛れて、悟空は心地よい眠りに落ちた。

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