ささやかな風景 #3

仕事から戻ってみれば、寝所の居間は色とりどりの短冊で埋め尽くされて、まるで花が咲いたようだった。
その色の海に悟空が幸せそうな顔で眠っていた。

散らばった短冊。
それは七夕の短冊。

七月に入ってすぐの時に、どこから仕入れてきたのか、七夕伝説を夕飯の時に一生懸命話していた。
で、予想に違わず、笹飾りを作ると言い出した。
が、俺はそんなもの作ったこともない。
だから作り方もしらない。
けれど、言い出したらきかないのが悟空で。
俺は寺の行事が立て込んで忙しいから、笙玄に丸投げした。

その結果が、目の前の色の洪水、色の海だ。

床に散らばった短冊を拾ってみれば、悟空の汚い字で何やら書いてあった。
そう言えば昔、お師匠様がいらした頃は、歳時の行事が大好きなお師匠様のお陰で、毎年、何も願うこともないのに短冊を書かされた。
いや、違うな…。
願いは無かった訳じゃない。
ただ、それは自分の為に願う訳ではなかったはずだから。

「本当に…あなたという子は……」

そう言って、俺が書いた短冊を見て困ったように笑っていたお師匠様の姿を思い出した。

こいつも自分のことは何もなくて。

「お前という奴は……」

のほほんと眠る楽しそうな寝顔に、俺は苦笑を浮かべるしかできなかった。

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