ささやかな風景 #32 −共に闘う10のお題 05:お前ならできる/配布先:七色の橋を渡って

「できねえってば」
「いいからやれっ!」
「三蔵!」

紫色に腫れ上がった三蔵の右腕を痛そうに見つめて悟空は首を振った。
今にも泣きそうに顔が歪む。
怪我をしている三蔵よりもそれを見ている悟空の方が痛そうだった。

「悟空!」

三蔵の呼吸が少しずつ荒くなってくる。

「三蔵…!」

悟空は三蔵の怪我の状態も自分のしなければならない行動も理解できないほど、おろおろとするばかりで、三蔵が願う行動がとれる様子もない。
だが、早くしなければ動けなくなる。
そうなっては余計な危険が増える。
自分を見捨てて八戒達と合流して戻ってこいと、言ったところで言うことを聞くはずがない。
ならば、手段は一つしかない。

注意を怠った自分の迂闊さに腹が立つ。
休む暇のない戦いの所為だとしても、隙を見せる訳にいかなかったというのに。
繰り出された槍をかわしたが、切っ先が右腕を掠めた。
その拍子に法衣が避けて肌が露出した。
その時、微かな切り傷が残った。
微かな痛みは戦いの最中にはよくあることで、気にも留めなかった。
まさか、それがこんなことを招くなど…。

「急げ、サル!」
「やだっ!できねぇよ…」

小康状態の今、全身に廻る前にこの腫れ上がった部分を切り裂いて膿を出し、傷口を焼かなければ動けなくなる。
それは悟空にもわかっていることだというのに。

「わかった。もうてめぇには頼まねぇ」

三蔵は震える左手で、ナイフを握ると右腕の腫れ上がった患部に突き立てようとした。
けれど、毒は既に全身に廻りつつあるのか、目測を誤って振り上げたナイフは空を切った。
そのまま前のめりに倒れる三蔵を助けようと悟空が手を伸ばした。

「三蔵!」

その胸ぐらを三蔵は掴む。

「怯えるな。大丈夫だ。お前ならできる」
「さ…さんぞ…」

荒くなる呼吸を無視して、三蔵は泣きそうな悟空に言い聞かせる。

「大丈夫だ、悟空。お前なら必ず出来る。急げ」
「で、でも…」

煮え切らない悟空に、三蔵は掴んでいた手を離すと、その頬を力一杯張り飛ばした。
乾いた音が響く。

「…悟空っ!」
「…ぁ…」

張り飛ばされた頬を押さえることも出来ず、悟空は崩れ落ちる三蔵の身体を無意識に支えた。
腕の中の三蔵の身体が法衣を通しても感じる程熱い。
ここに来てようやく、悟空は三蔵の状態が危機的な状態だと理解した。

「三蔵!」

寝かせれば白い三蔵の頬が紙のように白い。

「…急げ、奴等がくる…」

ぜえぜえと、荒い呼吸の下で三蔵が悟空を促す。

「う…ぁ…あ…」

三蔵の言葉に背後を振り返った悟空は追っ手の気配を感じた。
猶予はもう無い。
怯えている時間も、躊躇している時間もなかった。

「…わ、わかった…」

ようやく決心がついた悟空が頷けば、

「…お前、なら…できる…」

そう言って三蔵は微かに笑った。

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