ささやかな風景 #33 −共に闘う10のお題 06:先に行け!/配布先:七色の橋を渡って

三蔵が自分の後を付いてこないことに悟空はようやく気付いた。
振り返れば、手近な木の幹に身体を預けて、浅い呼吸を繰り返している姿が、かなり離れた場所に見える。
当たり前だ。
毒の塗られた刃が付けた傷から入った毒に犯されかけたのだから。
いくら溜まった膿を出し、傷口を焼いても毒が体内に入るのを防ぐことが完全に出来るわけではないのだから。

「三蔵」

呼べば、血の気の引いた顔が上げられたが、そこから悟空の方へ来る気配はない。
悟空は湧き上がってくる不安を押さえ込むようにぎゅっと拳を握りしめ、深呼吸をすると、三蔵の元へ戻った。

「三蔵、大丈夫か?」

近づいてみれば、離れていた時に見えた顔色よりももっと血の気が引いていた。
よくよく見れば、木の幹に触れた手も震えて、三蔵の状態は傷の手当てをした時よりも悪化している。
けれど、ここで心配して取り乱しても、三蔵が喜ぶわけもなく、かえって意地を張られるだけだと悟空にはわかっていたから、あからさまな心配顔が出来ない。
わかっていても、取り繕うことができないのも悟空で。
それを知っていてなお、そうさせることを望むのが三蔵で。

「大丈夫だ…」

悟空の曇った顔に頷いても、その翳りが晴れるわけもない。
が、今ここで共倒れになることはできない。

「でも…顔色ないし…」
「大丈夫だ。心配するな」
「三蔵…」

強がっているのはお互い承知の上だ。
だから、突き放す。
だから、傍に置けない。

「先に行け」
「……ぇ?!」

言われた言葉が、一瞬、悟空には理解出来なかった。
理解していないとわかっていても、承知しないだろうことも十分理解して、三蔵は繰り返す。

「先に行くんだよ、サル」

言い含めるようにもう一度告げれば、金瞳がこぼれ落ちそうな程見開かれた。

「…何…言って…」

信じられないと、首を振って、やがて激昂した怒鳴り声が響いた。

「バカ言ってんじゃねえよ、三蔵!そんなんで敵に遭ったらどーすんだよ?!何、カッコつけてんだよ、クソ坊主!」
「喧しい!足手まといは置いていけつってんだろうが!」

怒鳴り返せば、

「そんなんできねえの、三蔵知ってんじゃんか!」

返された言葉は、今にも泣きそうで。
見返してくる瞳は不安に揺れて。

「それでもだ。ここで待っているから」
「…三蔵!」

言い含める声は何処までも優しくて、頷くしか道はないのだけれど。

「悟空…」

呼ばれた名前に含まれる想いに、悟空は仕方なく頷いた。

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