ささやかな風景 #36 −共に闘う10のお題 09:敵をだますにはまず/配布先:七色の橋を渡って

「敵を騙すにはまず味方からって言葉があります」

八戒の言葉に悟空は素直に頷く。

「で、あの時、三蔵が死んだふりをしてくれたお陰で僕達は本当に一生懸命頑張ることが出来ました。その上、可愛い悟空の驚いた顔も笑った顔も堪能できました」

にっこりと悟空の笑いかける八戒の笑顔に悟空は笑顔を返しながら、背中にうそ寒い物を感じて、寝台に身体を起こしている三蔵の上掛けを思わず握りしめた。

「でも、可愛い悟空のあれだけはいけません。どんなにアナタが怪我をしようが、死にかけようが、そんなことはいいんです。が、悟空にあの顔をさせるのならアナタは何があっても怪我をしてはいけないんです。勿論、死にかけること何て言語道断、あるまじき行為です、わかりますか?」

そう言って、寝台の三蔵に向き直る笑顔は何処までも冷えた空気を纏わせていた。
その笑顔を見上げる三蔵の顔は無表情だ。
悟空は八戒が三蔵に向き直った途端、部屋の反対の隅でタバコを吸っている悟浄の元へ駆けて込んでいた。

「……な、なあ…怒ってるんだよな…?八戒は」

にこにこと笑顔のまま三蔵を見下ろす八戒と無表情で八戒を見上げる三蔵を振り返って、悟空の手が悟浄に縋りつく。

「見たらわかんじゃねぇか」
「で、でも…あの時、三蔵は死んだふりなんてしてないし、マジ、死にそうになってったんだって、八戒も知ってるはずじゃ…」
「ま、そうなんだけどなぁ…いんじゃねぇの?怒らしとけば」
「悟浄っ」

触らぬ神に祟りなし、我関せずの態度を崩さず、悟浄は悟空の頭をぽんぽんと叩くとタバコをふかす。

「まだ、三蔵、熱があんのに……」

悟空は未だに睨み合っている二人を見やって、心配そうにため息をこぼした。
そんな様子を見下ろして、悟浄は気付かれないように嘆息した。

実は悟浄も怒っていたりするのだ。
二人と引き離され、探して、半ばパニックになった悟空と出会い悟空の言う場所へ行ってみれば、今にも死にそうな重症の三蔵と目の前に迫る妖怪の姿に血の気が引いた。
こんなになるまで助けも呼ばず、二人で頑張っていたなど冗談ではない。
何より三蔵に何かあった時、悟空がどうなるか、養い親である三蔵はよくわかっているはずだ。
衝撃が大きければ額の金鈷が砕けることだってあり得るのだ。
だから、三蔵は悟空の目の前で怪我などしてはならないのだ。

それはこの旅路の中では、無茶は承知の願いだ。

「──自覚はあるみてぇだけどな…」
「何が?」

悟浄の呟きに問われて見やれば、悟空が不思議そうな顔をして、見上げていた。

「いや…なんでもねえよ」
「悟浄…?」

灰皿に煙草を落として、悟浄は悟空に笑いかけた。
そして、

「そろそろ三蔵サマを救出してやんな。八戒と買い出しにでも行って」

そう告げれば、悟空は一瞬きょとんと表情をなくしたかと思えば、嬉しそうに頷いた。

「そっか、そうだな。うん!行ってくる。サンキュ、悟浄」

先程から浮かべていた不安そうな表情が明るく代わり、悟空はその笑顔のまま八戒を誘いに行く。
その背中と悟空に誘われて相好を崩す八戒と疲れたようなため息をこぼす三蔵の姿に悟浄は半ば呆れたような苦笑いを浮かべたのだった。

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