「もう、どこ行ったんだ?!」ごった返す雑踏の中、見失った青年を探して悟空は辺りを見回した。
ついさっきまで一緒に周囲を眺めながら歩いていたはずなのだ。
それが、気づけば影も形もなくて。
ちょっと、珍しい食べ物に気を惹かれて、よそ見をしている間に離れてしまったのだ。
手をつないでいる訳ではないので──そんなことをしようものなら、命がいくつあっても足らない──この雑踏の人の流れに流されてはぐれてしまったか、人混みを嫌って近くの路地にでも避難したのかもしれない。
ひょっとしたら、気分が悪くなったのかも。
また、何かの揉め事に引っかかっているかも…。
「もう…」
悟空と一緒に旅をしている青年は、豪奢な金糸と深い紫暗の瞳を持ち、本人に言えば有無を言わさず殴られるが、美女も裸足で逃げだすような美人だ。
だが、その見た目とは裏腹に、綺麗な眉間に常にしわを寄せ、不機嫌で、無表情で、口が悪い。
それでも綺麗な見た目に惹かれた人間が砂糖に蟻が群がるように青年の周りに寄ってくる。
青年の見た目に惹かれて来るのが人間だけなら適当にあしらってしまえばいいが、いかんせん青年の性格が災いするのか、寄ってくる人間の数だけ揉め事も寄ってくる。
だから、
「早く見つけないと…」
なのである。
けれど、この街は大きなバザールが有名な交易都市であるから、当然人も物もたくさん集まってくる。
それに、ここは外れとはいえ、バザールの一角で、中心部に比べれば人が少ないと言っても人間一人を探すには困難なほどの人混みだ。
悟空は自分の体格を考えると、これ以上人混みをかき分けて青年を探すのは無理だと判断し、人混みを抜け、建物と建物の間の隙間に入った。
そうして、深く深呼吸すると、軽く地面を蹴った。
「よっと」
かけ声一つ、悟空は建物の屋根の上にふわりと、飛び上がった。
「さてと、世話の焼けるご主人様はどこだ?」
悟空は屋根の上から青年の目立つ金髪を探して、周囲を見回した。
そうして見つけた青年は、何本か先の路地の奥で数人の男と乱闘を演じていた。
「もう、何やってんだよっ!」
言うなり、悟空はそこを目指して屋根の上を駆けた。
青年の様子を見ながら走って路地に飛び降りれば、ちょうど最後の一人が青年に叩き伏せられ、その男と一緒に青年も石畳とランデブーする瞬間だった。
「三蔵!」
慌てて青年の身体を支えれば、
「てめぇ、勝手にいなくなるな!」
と、荒い息で怒鳴られ、その声の大きさに思わず悟空は、青年を支えていた手を離してしまった。
「――!!」
「ぅわ…」
支えを失った青年はそのまま石畳と抱き合い、したたかに身体を打ったのか、呻き声ひとつ上げずに動かなくなった。
その様子を見下ろして、悟空は盛大なため息を吐いたのだった。