ささやかな風景 #40

「おわっ!」

声が上がったと思った途端、素敵な音を上げて悟空が転んだ。
その様子に三蔵は呆れたため息を吐いた。

「ちゃんと足下を見て歩けと言ったばかりだろうが」
「――ってぇ…だって、滑るんだって」

打ち付けた腰や尻をさすりながら悟空がそろそろと立ち上がった。

「ったりめぇだ。道が凍ってるんだ、滑るに決まってるだろうが」
「んなこと言ったって、滑るもんは滑るんだ」

言いながら、足下を注意しながら一歩一歩踏みしめるようにして道の端に立つ三蔵へ近づいてくる。
三蔵は雪が積もってまだ溶けていない道の端を歩いていたから今のところ滑ることなどないのだが、そろそろ日陰になった場所は終わり、開けた道に変わりつつあったから三蔵も悟空を怒ってばかりもいられなかった。
そんな様子は欠片も悟空に見せることはなかったのだけれど。

一方悟空は、何とか三蔵の傍まで来ると、来た道を振り返って腑に落ちないと言う顔をする。

「なんで、雪は溶けてねぇのに…道は氷になってるんだよ」

そんな悟空の様子に三蔵はこめかみを押さえてため息をひとつつくと、説明してやった。
理解してくれるのか甚だ心配しながら

「昨日、天気が良かっただろうが。太陽の熱で道に積もった雪の表面が溶けて水になったところを夜の寒さでその溶けた水が凍って氷になったんだよ。だから滑るんだ」
「なるほど―」

三蔵の説明に頷いて、悟空は笑った。
そして、

「三蔵も気をつけろよ」

などと言うから、三蔵は怒っていいのか、呆れていいのか、どうしてくれようと思う気持ちに返す言葉が見つからない。
その何とも言えない表情を隠すように三蔵は悟空に背中を向けると、歩き出した。

「何だよ、心配してやってんのに」

その背中を見つめて、悟空はため息をひとつついて、後を追うように歩き出した。
陽に照らされて、前を歩く三蔵の豪奢な金糸がきらきらと光る。
その綺麗な様子を悟空は眩しそうに見つめて笑った。




「なあ三蔵」

黙々と凍った雪道を歩くのに飽きてきた悟空は三蔵に声をかけた。

「なんだ?」

振り返ることなく返事が返るのへ、

「次の仕事の街って、どんなとこ?」

と、問えば、

「ああ?いつもとさして変わらん」

と、いつもと同じ返事が返った。
行く先の街の様子など三蔵は仕事で必要でない限り、ろくに知ろうとはしない。
一応、街の地図と大まかな状況は頭に叩き込んではいるけれど、それ以外のことは全く興味を示さない。
だから、悟空が知りたい答えなど返って来るはずもない。
それを知っていても悟空は三蔵に訊いてしまうのだ。

「ええ!美味しいもんとかねぇの?」
「知らん」
「え?!気になんないの?」

とりつくしまのない三蔵の返事に、悟空が三蔵の傍へ寄ろうと歩く速度を上げたのへ、

「なるか!それよりてめぇ、転ぶんじゃねぇぞ」
「もう、転ば…――うわっ!」

言った傍から悟空が転んだ。

思わず何かに縋ろうとして、悟空は目の前の三蔵の外套を掴んだ。
滑る足下で踏ん張れるはずもなく、悟空に引き倒される形で、三蔵も転んだ。
けれど、悟空を下敷きにした三蔵はさしたる痛みもなく起き上がれば、涙目で自分を睨んでいる悟空と目が合った。
目が合ったが、そのまま三蔵は外套についた水気や雪を払うと、

「自業自得だアホウ」

そう言って、道に転んだままの悟空を置いて、三蔵はまた、歩き始めたのだった。

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