ささやかな風景 #41

使い慣れない剣を振って戦う姿を悟空は括り付けられた砦の上から見下ろしていた。

色づき始めた空の陽の光に反射して、悟空の大切な主の金糸が光る。
けれど、悟空の主である三蔵は決して悟空の本当の名を呼ばない。
呼べば三蔵を守る無敵の剣となるのに。
三蔵は呼ばない。
戦う相手が人間である限り、決して。

「……三蔵…呼んでよ…」

呟く声は三蔵に届かないはずだった。
なのに、三蔵が悟空の方を振り仰いだ。
そして、何か悟空の方へ言うと、切り込んで来た相手を切り捨て、砦の中へ入って行った。

「三蔵の…バカ…」

三蔵の声など聞こえないはずなのに、その言葉ははっきりと悟空に届いていた。
そして、

「ホントに…バカだよ」

俯いて呟くと、ゆらりと悟空の身体からオーラが立ち上がった。
それはあっという間に膨れあがり、悟空を括り付けていた結界が吹き飛んだ。

「三蔵こそ自分の心配だけしてろよな」

ふるりと身体を揺すった悟空の身体の輪郭が揺らめいた。
そして、その姿は空気に溶けるように、その場からかき消えた。





「いい加減にしてよね」
「何!?」

魔法陣の中心に立つ魔導士が振り返ったそこに、封じていたはずの悟空が黄金のオーラに包まれて立っていた。

「マジ、鬱陶しいから追い回すの止めてよね」
「何を言う!お前を十分に使いこなせない者の傍になど、置いておけるものか!」

何を言うのか。
悟空は自ら三蔵を選んで、三蔵の傍にいるのだ。
それに、三蔵以外が悟空を使いこなせる訳がないのだ。

「私の魔力があれば、お前を存分に使いこなせるのだ。わからんのか!」

魔導士の言葉に、悟空は小さくため息をつくと、悟空は魔導士に向かって無造作に片腕を振り抜いた。

それで終わりだった。

悟空の腕が起こした風は床を切り裂き、魔法陣を粉砕した。
発動中の魔法が逆流を起こし、壊れた魔法陣の中を暴風が吹き荒れる。
その魔法の逆流と暴風に巻き込まれ、魔導士は四散した。
その直後、三蔵が姿を見せた。

「悟空」
「三蔵っ!」

三蔵の呼ぶ声に振り返った悟空が呼べば、

「あほう…」

そう言うなり、三蔵はその場にくずおれたのだった。

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