通り雨 |
西への旅の途中、立ち寄った街でふらりと散歩に出た三蔵と悟空は、その帰り道、急に降り出したにわか雨に、道に覆い被さるように枝を張った椎の木の下へ避難した。 「あぁ…もうちょっとだったのに…」 ぺしんと三蔵は、仄かに濡れた悟空の頭を叩く。 「んだよ…」 悟空は木の根元にしゃがんで、そぼ降る雨と道を挟んだその先に見える公園の木々を見つめた。 秋の深まりと共に、静かに色付き始めた木々。 細かな雨粒に濡れる枯れ葉の色に、悟空は柔らかな笑顔の青年を思い出した。 「なあ、笙玄どうしてるかな…」 悟空の突然の呟きに、幹にもたれて煙草を吸いながらぼんやりしていた三蔵の紫暗が見開かれた。 「…今日って、確か…十月の最後の日だよな。それって笙玄の誕生日じゃん」 秋の一番深くなる時に生まれた人。
「笙玄ってさ、秋に生まれたからこんなに優しいんだ」
そう言って笑った顔が本当に嬉しそうで、明るかった。 どうしてそんな顔をしたのか、その理由を訊きそびれてしまった。 考えてみればあれほど三蔵と悟空の傍に居た笙玄のことについて、悟空が知っている事はその両手で足りた。 親兄弟が居ないこと。 でも、こうして離れてみて思い出すのは笙玄の優しかった事とあの柔らかな笑顔ばかりで。 「…誕生日、誰かにお祝いして貰ってるかな?…して貰ってると良いな」 見上げた空は、雲が切れて日が差し始めていた。
三蔵もまた悟空のぽつりぽつりと話す、笙玄のことにその顔を思い出して、口元をほころばせた。 紫煙がゆっくりと椎の梢に消えて行く。 勤勉なくせに手抜きを知っていて、真面目なくせにどこか脱線していて、何より真摯に三蔵と悟空に向き合ってくれていた。 堅苦しい寺院を出て長安から離れ、ひっそりと暮らすことを知らせてきた手紙に、何故か安堵した。 三蔵はくわえていた煙草を落として踏み消すと、傍らに座り込んでいる悟空の頭を掻き混ぜた。 「…な、何?」 びっくりして振り返った金眼が、差し始めた陽差しに飴色に光る。 「手紙…書いてやれ。きっと喜ぶ」 三蔵の予期せぬ言葉に悟空は驚き、やがて花ほころぶ笑顔を浮かべた。 「行くぞ」 跳ねるように悟空も木陰から飛び出すと、先を歩き始めた三蔵の後を追った。
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