冬 至 祭




「今日は、カボチャを食べる日ですよ」

と、笙玄がにこにこ笑いながらカボチャとこんにゃくの煮物を悟空の前に並べた。
食卓について並べられる夕食の献立にその綺麗な円らを輝かせて見つめていた悟空が、きょとんとした顔で、笙玄を見返す。

「今日が冬至だからですよ」
「とうじ?」
「はい、一年の内で一番昼間の短い日なんですよ」
「それがなんで、カボチャと関係あるんだ?」

悟空は笙玄の説明にいまひとつ納得できないのか、釈然としない顔をしている。

「カボチャは神様にお供えして健康を祈り、そのお下がりを私たちは戴くのです。健康に冬の厳しい季節を乗り越えられるように」
「ふーん」
「だからちゃんと食べて、風邪引かないように、病気にならないようにしましょうね」
「うん!」

悟空は元気に頷いた。

「さんぞは?」

夕食の料理が食卓に並べられ、悟空の前に湯気の立つ白いご飯が置かれて悟空は、三蔵がまだ席に着いていないと笙玄を見やった。

「一緒に三蔵様もお夕食をお食べになりたかったのですが、どうしても間に合いそうにないので、悟空一人で先に済ませておいてほしいと、先程使いの者を寄越されたんです」

笙玄の言葉に悟空は、そっか…と寂しそうに笑うと、食事を始めた。

「いただきまあす」






今日は二十四節気のひとつである”冬至”だ。

三蔵は朝早くから本堂に籠もり、冬至の祭事を執り行っていた。
これは最高僧三蔵の勤めの一つで、はずせない行事だった。

寺院ではこの日、”冬至祭”と称して境内でカボチャを炊いて参拝に詣でた信者に振る舞い、一年の内の数えるほどしか行われない三蔵法師直々の説法会が開かれる。
いつもより煌びやかな衣と袈裟を纏ったそれは神々しい姿の三蔵法師に会えるというので、この日は遙か遠方からの参拝者も多く、それは盛況を呈するのであった。

だが、当の三蔵は客寄せパンダの役をまるで動物園の檻の中のライオンの気分を散々味わうこととなるのだ。
こんなくだらない行事に参加するくらいなら、執務室で書類に埋まってる方が遙かに良いと思えてくるから情けない。
説法までの時間を控え室で潰しながら、窓から見える人混みを見るともなしに三蔵は見つめていた。

と、悟空と同じぐらいの子供が数人、回廊を走っている姿を見つけた。

そう言えば、今日は朝、無邪気に眠る悟空の顔しか見ていない。
声すら聞いていない。
心に響く声ではない、悟空の少し舌足らずで透明な肉声をだ。

寺院で行事がある日は、悟空は寝所から外へは一歩も出ない、出さない。
いくら三蔵の養い子だとは言っても妖怪には違いないわけで、何かのトラブルの元になっては困るということなのだが、実際の所は悟空の存在は汚点だと思っている証のような扱いだった。
だからといって、一般の信者に混じって参加させるのも三蔵の気持ちが落ち着かなくなるので許可を出すこともできない。
理由はどうあれ、三蔵も悟空を隠しておきたいと言うことだった。
煙草を吸いながら三蔵は、走り回る子供達を眩しそうに見つめていた。




───さんぞ…

───山椿が咲き始めたんだ

───さんぞ

───…さんぞ




自分の名を呼ぶたびに幸せそうに笑う悟空の姿を重ねている自分に気が付いて、三蔵の口元に苦笑が浮かんだ。



大概だな…



最近は本当に一人になると、悟空のことを考えている。
良しにつけ、悪しつけ本当に。



いい加減、湧いてんな…



一息煙草を吸い上げると、三蔵は控え室を後にした。





















「ごちそうさまでした」

きちんと箸を置くと、笙玄が

「お粗末様でした」

と、笑った。

「美味しかったぁ」

ふわっと満足したと悟空が笑い返した。
その笑顔に笙玄の笑顔も深くなる。

「後片付けをしますから、その間に悟空はコレをお風呂に浮かべて来て下さい」

そう言って笙玄は、ネットの袋に入った柚を悟空に差し出した。

「何?なんでお風呂にいれるの?みかんなら食べちゃえばいいのに」

受け取ろうとしない悟空に、笙玄が説明した。

「これは、柚と言って、みかんの仲間の果実です。これを入れてお風呂に入る ことは、普段と違って、身体を特別きれいにすることなんです。そして柚のお風呂に入ると体が温まり、風邪を引かないのですよ」

笙玄の説明を真剣に悟空は聞き、納得したのか笙玄から柚の袋を受け取った。
途端に香る柚の独特の香り。

「イイ匂い…」

悟空はうっとりするように柚を鼻に近づけて嗅ぐ。

「お風呂に入れるともっと香りますよ」
「うん!」

くすくすと笑う笙玄に頷くと、悟空は湯殿へ走っていった。
程なくして、湯殿から柚を投げ込む水音が響いてきた。
そして、悟空が柚の香りを纏って戻ってくる。

「笙玄、全部入れたよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして」

二人が笑い合う。
そこへ不機嫌なオーラを撒き散らしながら、三蔵が戻ってきた。

「おっかえりーっ」

三蔵の姿を認めた途端、悟空は走り寄って三蔵に抱きついた。
その跳ねるように抱きついてきた身体を受けとめた三蔵の雰囲気が、見てる間に和らぐ。
それと共に悟空の身体から香る柚の香り。

「お帰りなさいませ」

笙玄が叩頭する。

「ああ…」

その笙玄に頷くと、三蔵は抱きついている悟空を引きはがした。
そして白地に仄かな朱色に染めた糸で椿の花を唐草模様に刺繍された衣と金糸と深緑の糸で葡萄唐草に織られた袈裟を脱ぎ捨てる。
笙玄は脱ぎ散らかされた衣と袈裟を拾い、片づけるために衣装部屋に入って行った。
三蔵は何度か肩を廻し、疲れたため息を吐きながら、窓際の長椅子に座った。

「さんぞ、さんぞ、俺、今日、とうじ食べたんだぞ」

ぱたぱたとしっぽを振って報告してくる悟空の言葉に三蔵は、怪訝な顔を向けた。

「とうじを食っただぁ?何だそれは?」

窓際の長椅子に座るその三蔵の前に悟空が立つ。

「知らねぇの?うんと…一年の内で一番昼の短い日」

小首を傾げて三蔵の顔を覗き込む。

「冬至か?」
「うん」
「だったら、カボチャを食ったんだろうが」
「そう、カボチャ。三蔵は?さんぞは、もう食ったのか?」
「ああ、さっきな」
「そっかぁ」

ほうっと、ため息を吐く。
暖かい部屋でほんのりと頬を上気させた悟空の姿に、三蔵は気持ちが和らいでいくのを感じた。
たかだか一日、顔を見なかっただけで、声を聞かなかっただけであんなに苛つくとは思いもしなかった。
今、目の前で嬉しそうに冬至について笙玄からの受け売りだろう話を話す姿を三蔵は、愛しげに見つめていた。

「…なあ、ちゃんと聞いてる?」

何も言わずに自分を見つめている三蔵の顔に自分の顔を近づけて、悟空は小首を傾げた。
その瞳はどこか拗ねた色をしている。

「あ、ああ…」

返事をしながら気付かれないように顔を背けると、悟空が三蔵の頬を両手で挟んで、強引に自分の方を向かせた。

「聞いてない!俺、ちゃんと一人で留守番してたんだぞ。一人でご飯だって食べたんだぞ。俺、俺今日初めて三蔵の顔、見んのにぃ!」

ぷうっと膨れながら文句を言う悟空の黄金は、透明な雫の膜が薄らと張って、滲んで見えた。
三蔵は頬を挟んだまだ幼い悟空の両手をそれぞれ自分の手で包むと、

「…悪かった」

小さな声で謝った。
その言葉に悟空は大きく瞳を見開くと、がばっと三蔵の首にかじりついた。

「…うん」

ぽんぽんとあやすように悟空の背中を叩いて、三蔵は瞳を閉じた。






笙玄が居間に戻ってくる気配を感じて、三蔵は悟空を自分から引きはがした。
そこへ、衣と袈裟をしまった笙玄が、三蔵と悟空の着替えを持って戻ってきた。

「お湯の準備が整っております。いつでもお好きな時にお入り下さいませ」

そう言って、湯殿に着替えを置きに行く。

「三蔵様、今日はお疲れ様でございました。明日は午後からのご出仕となっております。それでは、お休みなさいませ」
「ああ…」
「おやすみぃ」

三蔵と悟空の挨拶を受けて、笙玄は自分の部屋に下がって行った。
笙玄を見送った後、悟空は三蔵の手を引っ張って立たせた。

「何だ?」

訝る三蔵の後ろに回ると、ぐいぐいと背中を押してゆく。

「なにすんだ、サル」

逃れようと身体を捩るが、悟空は三蔵の僧衣の帯を握っているため、掴んだ手が外れることはない。
怒ったように問いかける三蔵の言葉を無視して、悟空は三蔵を湯殿へ押しやると、浴室の戸を開けた。

「見て、見て!」

眉間に皺を寄せて不機嫌丸出しの三蔵に構わず、悟空は浴室にはいると浴槽の蓋を開けた。
途端、濃厚な柚の香りが、立ち上る湯気と共に浴室一杯に溢れ出す。

「柚湯?」
「うん。今日は柚湯に入るんだって。さんぞ、一緒に入ろ?」

悟空は湯船の三分の二を占領している柚を見つめている三蔵の腕に飛びつく。

「なあ、入ろう」

揺すってねだる悟空に、三蔵は呆れたため息を一つ吐く。

「わかったから、離せ」
「やったぁ!」

万歳と諸手をあげて喜ぶ悟空の姿に、苦笑を浮かべる。
二人は脱衣所に戻ると、着ているモノを脱いで改めて浴室に入った。

掛かり湯をして浴槽に浸かる。
三蔵の好みに湧かされた湯の熱が、疲れた身体に染み渡る。
ほうっと、息を吐いて手足を伸ばせば、悟空が三蔵と向き合う形で湯船に浸かった。

二人が入ってもまだもう一人は入れるだろう広い浴槽に、黄色い柚が所狭しと浮いている。
いくら柚湯だと言ってもこれほど浮かべる必要は無いだろうに、と三蔵は内心呆れた。
と、先程まで自分の方を向いていた悟空が背を向けて、何やらしているのに気が付いた。

「おい、何して…」

肩を掴んで振り向かせた悟空の姿に、三蔵の言葉は途中で途切れた。
その代わり、風呂場に似つかわしくない乾いたハリセンの音が響き渡った。

「てめぇ、サル!そんなもの食うな!!」

そのハリセンの音に、三蔵の怒鳴り声がオプションで付く。

「ってぇ…なんで殴んだよぉ」

悟空が抗議の声を上げる。

「バカだ、バカだと思っていたが、本当にてめえはバカだ!」
「なんだよぉ。これ、食い物なんだから食ったって、いいじゃんかぁ」

悟空の言いぐさに三蔵は、ほとほと呆れる。

「あのなあ、それは湯に入れるためのもんで、食うためのもんはべつなんだよ」
「でも、食える」

言われても湯船に浮かんでふやけた柚を食べる悟空の頭を掴むなり、三蔵は沈めた。

「だから、食うな!」

ばたばたと暴れて三蔵の手を振り払うと、悟空は方で息をしながら顔を上げた。

「な、なにすんだ!」

げほげほと咳き込みながら三蔵を睨む。

「言うこと聞かねえからだ」
「ひっでぇ…」

むうっとふれる悟空を見ながら、三蔵は今日の疲れとは違う次元の疲れを感じる。
だが、それに浸っているとまた悟空が湯船の柚を食べそうな気がして、慌てて立ち直る。
そして、

「いいか、これは体を温め、風邪を引かないようにするための薬なんだよ。だから、食うもんじゃねえんだよ。わかるか?」

柚を一つ取って悟空の前に示しながら説明してやる。
そこで初めて、悟空は笙玄から聞いた話を思い出した。

「…そういや、笙玄もそんなこと言ってた…と思う」
「…悟空…」

三蔵がげんなりした顔で悟空の顔を見やった。

「うん…今日のお風呂はいつもより特別綺麗なお湯で…だから、良く暖まって…うんと…だから、柚を入れるんだって…言ってた」

しゅんとうなだれる悟空に、三蔵は小さく笑みを零すと、濡れてしまった頭を軽くこずいた。

「わかったんならいい」
「…ごめん」

謝る悟空に三蔵はぽんぽんと軽く頭を叩くと、もう一度手足を伸ばして湯に浸かり直した。
それを見て悟空は三蔵の隣に移動すると、同じように手足を伸ばす。

「気持ちいいし、イイ匂い…」

くんくんと鼻を動かす悟空に三蔵は、喉の奥で笑う。

「よく、浸かれよ」
「うん」

元気に返事をして三蔵の肩にすり寄る悟空を好きなようにさせて、三蔵はゆっくりと目を閉じるのだった。






このひととき、至福の一時(いっとき)。
冬の最中の温かな時間。

幼子と共に在る至福。




end




リクエスト:冬至の日にゆず湯に入りながら、ほのぼのと時間を過ごす三蔵と悟空。
22222Hit ありがとうございました。
謹んで、すもも 様に捧げます。
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