赤い月の下で逢いましょう (parallel/from 面食い吸血鬼)
初めて彼を見たのは何時だったか。
日没に目覚めて、退屈な夜を過ごすのに飽きた悟空は、同居している焔に黙って外へ出掛けた。
上ったばかりの月は東の空に金の虹を従えて、山並みの上に低く浮かんでいた。
それを屋根の上から眺め、悟空は両手を広げた。
ふわりと空気を振るわせてその背中に羽が現れた。
それを音もなく振るわせて、夜空に舞い上がった。

夜の一族。
人の命の源を糧に生きる一族。
夜の闇の中で人に紛れて生きる。

悟空は始祖の直系と噂される一族の末裔。
齢、五百年を超える。
けれど伴侶はいない。
その血を与えて永久に生きる相手を見つけることもなく、退屈に流れる時間の中を生きてきた。

そんな異形の少年。

「…気持ちいい」

くるりと身体を廻して滑るように夜空を滑空すれば、視界の端に閃きを捉えた。

「何?」

高度を下げればそこはマンションの屋上で、そこに金髪の男がいた。
月の灯りに鈍く反射する金糸の閃きは悟空の胸を酷く騒がせた。
男には見えない高さまで降りてよく観察すれば、その男は見惚れるほどに端正な美しい姿をしていた。

「うわぁ…」

月に閃く金糸は絹糸のよう。
その金糸が縁取るかんばせは雪石膏のようになめらかできめ細かく、透き通るようだ。
夜空を見上げている瞳は夜の帷を映す紫暗。
華奢な姿は儚げで。

「何て、理想的…」

きっと、その命も甘く甘美だと悟空に思わせた。
それが、彼と悟空との一方的な出会いだった。

それから、悟空は夜の散歩にかまけて彼の姿を求めるようになった。
けれど、彼が初めて見たマンションの屋上にいることは滅多になく、悟空はその姿を片手で足りる程にしか見ることが叶わなかった。



そして─────



「なあ…あいつ、綺麗だよな」
「あ?」

夜の散歩に出てきた悟空と焔は、彼を最初に見つけたマンションの屋上でひとり煙草を吸う彼を久しぶりに見つけた。
半月の光に照らされた彼の金糸が彼を見下ろす悟空には本当に輝いて見えた。

「ほら、な、綺麗だろ?」

悟空が指差す青年を見下ろして、傍らの焔が興味なさそうに頷いた。

「お前の好きなタイプだな」
「そう、ストライク」

にこっと笑う。

「相変わらずの面食いだな」

焔の言葉に悟空は嬉しそうに頷いた。

「おう。綺麗な奴はその血も甘くて美味しいんだ」
「外れもあるだろいうが」

呆れたと言わんばかりの焔に、悟空は唇を尖らせる。

「そりゃ、外れもあるけど滅多にないし、それに、いいじゃん。長く生きてると楽しみが少ないんだから」
「ジジイか」
「焔よりジジイだよ」

つんと顎を逸らせて拗ねて見せる。

「拗ねるな」

くすくすと笑って宥めれば、悟空はぺろりと舌を出して見せた。

「でも、本当にあいつ綺麗だよ」
「そう…だな」
「うん、外見は勿論だけど、中身も全部、本当に綺麗だ」

うっとりと青年を見下ろす悟空に焔はふと、浮かべていた笑顔を消して問うた。

「連れて帰るか?」

と。
けれど、悟空は緩やかに首を横に振った。

「いいや…」
「何故?」

これほど気に入っているのなら、今夜は自分もいるのだから人間一人ぐらい簡単に連れて帰ることができるのに。
いつもなら戸惑うこともなく、連れて帰るはずなのに。
驚いた顔で悟空を見やれば、悟空は愛おしそうに青年を見下ろしていた。

「悟空?」
「うん…きっと、出逢う。それも近いうちに」
「あ?」
「そんな予感がする。するんだ。だから…」

その出逢いを待つと、悟空は笑った。

「なら、好きにするさ」

そう言って焔はもう一度、青年を見下ろしたのだった。

close