月に還れ (寺院時代) |
見上げれば満月を二日程過ぎた月が東の空にあった。 時刻はもう真夜中を過ぎただろうか。 見上げる月は、微かに掛かった雲をその光で照らして、窓辺に座る悟空を見下ろしていた。 三蔵は昨日から仕事で出掛けていない。 秋は大地が悟空を呼ぶ季節だ。 「還らないって言ってるのに…」 心配性だと、悟空は苦笑を浮かべた。 それが、昨日のことだった。 「大丈夫なのにね」 窓辺を照らす月光に笑えば、きらきらと悟空の周囲で光が弾け、夜風に髪を撫でられ、悟空はくすぐったそうに笑った。 「三蔵の傍にずうっといるって、決めてるのに…信用して欲しいよな」 くすくすと笑い、ふと、悟空は何事かを思い出して、頷いた。 「まるでかぐや姫に出てくるじいちゃんとばあちゃんみたいだ」 自分で言ったことが面白かったのか、悟空はけらけらと笑う。 「何の話って?──俺さ、かぐや姫っていう昔話の本を読んだんだ。そのお姫様ってさ、竹から生まれて、あっという間に大人になったんだ。んで、そのお姫様が凄く綺麗で、賢いからお婿さん候補がたくさん来て、結婚を申し込まれるんだ。でも、そのお姫様、めちゃくちゃな難問っていうのを出して、全部断ってしまうんだぜ」 窓枠に頬杖を付いて、悟空は楽しそうに話す。 「で、その理由を訊いたら、月の住人だから地上の人とは結婚できないし、次の満月には月から迎えが来るって泣くんだ。そんで…じいちゃんは国の偉い人に何とか止めてくれっていううんだけど、結局止められないで、お姫様は帰ってちゃうんだ」 そう言って、悟空は一つため息を吐いた。 「大好きな人と離れちゃうなんて、俺ならぜってぇ帰らないけど…な。何で帰らないといけないんだろうな…」 見上げる月に問いかけるように、悟空は首を傾げた。 「…何だよ…もうっ」 夜風と月光のそれに悟空はまろい頬を膨らませて、 「俺はね、大好きな人と無理矢理別れてまで還りたくないの。大好きな人とはずぅっと、一緒にいたいの。だから還らないんだ」 と、胸を張って見せた。 「…でもさ……いつか…、いつか三蔵と離れることになったら…別れることになったら………その時考えるからさ、それまでは、かぐや姫みたいに迎えに来なくていいからな」 と言って、笑った。 何時か訪れる日までは───── |
close |