むせ返るような鉄サビの臭いと吐き気を催す異臭に包まれて、少年が嗤った。 「鬱陶しい…」
呟かれた言葉に、少年を取り囲むモノ達がざわりと、殺気立ち、気色ばむ。
「人のもんに手ぇ出してんじゃねぇよ」
怒りを孕んだ不機嫌な声が地を這えば、周囲を取り囲むモノ達が僅かに怯んだ。
その様子を捉えた少年がにぃと、嗤う。
その笑顔は幼さの残る容に似合わない邪悪さ。
手に提げた固まりを自分を囲むモノ達の足許に投げた。
それは首。
人ではない異形の生き物の首だった。
少年を囲むモノ達──それは人の姿をした魔物、かつて人だった妖物──は、足許に転がってきた仲間の首に少年に対して殺気を膨れ上がらせた。
それは物理的な力を持って少年の身体に打ち付ける。
けれど、少年は顔色一つ変えず、鬱陶しげにその金瞳を眇めるだけだった。
そんな少年の姿に我慢ならないとまた、妖魔達が襲いかかる。
それをまるで草を刈るように、まるで埃を払うように、少年は無造作に薙ぎ払った。
少年の力によって引き裂かれた妖魔の身体が濡れた音を立てて、少年の足許に散らばる。
その屍を踏みつけて、少年は怒りを孕んだ声音をぶつけた。
「三蔵は俺のモノなんだよ。勝手にお前らの汚ぇ手で触んな」
告げられた言葉と共に、ゆらりと立ち上る殺気。
それに押されるように、妖魔達が退いた。
少年が一歩進む事に、妖魔達は道を空けるように左右に割れる。
その割れた人垣の向こうに、少年が何よりも大切にしている青年、三蔵が少年の同胞の青年、焔と共に立っていた。
三蔵が手にした刃は血に濡れ、三蔵が纏う白いシャツが赤く染まって滴る程に血塗れていた。
血塗れた姿でも三蔵の美貌は損なわれず、返って身体に浴びた血が壮絶な色香を放ち、少年の喉が鳴った。
自分達を取り巻く妖魔達の壁が割れた気配に視線を向けた三蔵は、妖魔達の向こうに殺気を纏った少年の姿を見つけた。
その途端、三蔵の瞳が怒りの色に染まる。
怒りに染まった瞳で少年を睨め付けながら、三蔵は少年の姿を見た途端、安堵で自分の身体から緊張が解けるのを知った。
けれど、プライドにかけて、認めたくはない。
助けを待っていたなどと。
しかし、知ってしまった安堵は、三蔵の気持ちと正反対の言葉を紡いだ。
「遅いっ」
少年が来る前に叩き切った妖魔の顔に飛んだ血をシャツの袖で拭って毒づけば、
「ゴメン…」
少年は素直に謝った。
そして、
「怪我は?」
問えば、
「ねえ」
と、酷く不機嫌な返事が返った。
それに少年は殺気に染まった瞳を眇め、しばらく三蔵の姿を見つめた後、その傍らに立つ焔に視線を向けた。
その視線に焔は薄く嗤って応える。
「よかった…───焔」
焔の笑いに少年はふっと、息を吐き、焔を呼んだ。
それに焔は三蔵の腰を抱くと、舞い上がった。
「焔っ!」
少年以外に、他人に触れられることを嫌がる三蔵は、突然の焔の行動に焔の腕の中で暴れた。
それに焔は舌打つと、三蔵の耳元で怒鳴った。
「じっとしてろ。あそこにいたら、お前を悟空が殺しちまうだろうが」
言われて下を振り返れば、そこは死臭に染まっていた。
その死の海を泳ぐ悟空の黒い姿。
それはまるで死を告げにきた死に神のようにも、夢幻の幻のように、三蔵の目には見えた。
悟空の腕が振られれば、妖魔の首が、腕が飛び、爪が翻ればその身体は散り散りに切り裂かれる。
夜の静寂の中に翻る黒い霧を満月の光が一瞬、紅く閃かせる。
その圧倒的な力の差に、三蔵を襲ってきた妖魔達は無惨な肉塊に変わって行った。
「本当に、お前のこととなると、見境のない…」
三蔵の腰を抱いてその上空から悟空の容赦のない殺戮を見つめて、焔はため息を吐いた。
そして、焔が急ごしらえに与えた刃を縦横にふるって戦っていた三蔵の姿を焔は思い出した。
悟空に守られているだけの人間ではない。
妖魔を恐れず、怯えずに向かって行く姿は、決してひ弱ではない。
その姿に三蔵の強さを焔は見た気がしていた。
だから、つい、言ってしまったのだ。
「お前…悟空の傍にいても不釣り合いじゃねえ、な」
と。
その言葉に三蔵は思わず焔を振り返った。
そこには焔のいつにない真摯な瞳があった。
三蔵はその言葉に、
「言ってろ」
そう言って地上にいる悟空へ視線を向けた。
その首筋が仄かにバラ色に染まっているのを見つけて、焔は薄く笑ったのだった。
三蔵に危険が及ばないことを確認すると、焔は妖魔だったモノ達の骸がひしめく地上に降りた。
それを待ていたかのように三蔵は焔の腕から抜け出した。
そして、握りしめていた刃を落とし、三蔵は最後の一人を葬った悟空に向かって歩き出した。
その姿を見つめながら焔は、
「満月の夜は狂うんだよ、三蔵。お前も気を付けるがいい」
そう言って嗤った顔は異形だった。
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