月に住まう者達 (parallel/from 面食い吸血鬼)
「何見てるの?」
「何も…」

窓辺に座る三蔵に声を掛ければ、気怠げな返事が返った。
そのどこか疲れた雰囲気に悟空は眉根を寄せ、そっとその傍らに立った。
開け放った窓から冷たくなった夜風が三蔵の金糸を揺らし、夜闇を見つめる紫暗はいつもの澄んだ光に影を落としていた。

三蔵と出逢った時、本当に綺麗だと心の底から思った。
同時に、この人が欲しいと思った。
三蔵の綺麗な姿も心も魂も血も肉も何もかもを自分のものにしたいと、自分の中に喰らい込んで、一つになりたいと思った。

だから、投げやりにでも三蔵が己が身体を差し出して来た時の喜びは未だに忘れられない。
けれど、夜の一族である自分と共にあるこの状態を三蔵は本当に受け容れてくれているのかと思うのだ。
人目を逃れるように暮らし、痕跡を残さないように人との関わりを避け、闇に紛れるように生きる自分達。
違和感をもたれないように息を潜めて生活しているくせに、糧を人の生き血に求める異形。

本当に後悔をしていないのだろうか?

抜けない棘のように心に刺さった不安は、こうした三蔵の様子を見るたびに悟空の中で頭をもたげ、自分を安心させたい言葉がこぼれ落ちる。

「…後悔、してる?」

そっと、夜風に冷えた腕に触れて問えば、

「してねえよ…」

と、少し笑いを含んだ返事が返った。

「ホント?」

そっと、伺うようにシャツの裾に触れれば、三蔵は一つ吐息をこぼして振り返った。

「何を今更……───お前の方が後悔しているんじゃねぇのか?」

問い返されて、悟空はその金瞳を見開いた。

「な、んで…さ…?」

呟くように問えば、三蔵は仄かな笑顔を浮かべ、シャツの裾を握っている悟空の手を取った。

「俺のような人間は面倒だろうが。この容姿以外に何の取り柄もないくせに、プライドだけは高いと来てる。その上、生きていてもつまらねえと思っているくせに、終わりにすることもできねえ…」
「……さ、んぞ…?」
「それに、訳もよく分からねえ奴等が寄って来て、うるせぇだろうが」

自らを貶めるような笑いを口の端に浮かべて、三蔵は悟空の見開いた瞳と視線を合わせた。

「お前にいらぬ気を遣わせている」

そう言って、ふわりと握った悟空の手の甲に口付けを落とした。

「気って…なに?迷惑に思ってるって?……何、言ってるのさ」

自分の手を握って見つめてくる三蔵をむっとした顔で軽く睨めば、三蔵は反対の手でするりと、悟空の頬を撫でた。
その自分を見つめてくる紫暗の瞳の奥に、揺らめく紡いだ言葉の本当の願いを見つけた悟空は三蔵の手を振りほどくと、抱きついた。

「三蔵!」
「……ご、くう…?」

悟空の突然の行動に、今度は三蔵が軽く瞳を見開いた。

「生きるんだよ、三蔵は。俺と一緒に…ずっと一緒に、生きるんだ」

首筋に顔を埋めた悟空のくぐもった声に、三蔵は柔らかく瞳を綻ばせた。

「そう…だな…そうだった、な」
「約束しただろ」
「ああ…」

頷きながらそっと、悟空の身体を抱き返せば、

「諦めたりしないでよ。ちゃんと俺と一緒に生きてよ。俺は三蔵でなかったらダメなんだかんな」

そう言って、悟空はぎゅうぎゅうとしがみついてくる。
痛みを感じる程の悟空の腕の力に、三蔵も悟空を抱く腕に力を込めた。
そして、

「…離すなよ」

と、告げれば、

「ぜってぇ離さない。離すもんか」

と、また力が入ったのだった。

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