昼間の月 (parallel/from Keep your vow)
「三蔵、月が見える…」

病室の窓から身を乗り出すようにして悟空が空を指差した。

「こら、そんなに乗り出したら落ちるだろうが」

慌てて三蔵がパジャマの襟首を掴んで引き戻した。

「大丈夫だって」

にっと笑って、三蔵を振り返った。
そして、

「ほら、月」
「月?」

窓から明るい空を見上げれば、そこにぽかりと浮かんだ半月を見つけた。

「な?──白いんだ…月…」

嬉しそうに、新しい発見をした幼子のように瞳を輝かせて、悟空が笑った。
その笑顔に笑いかけながら、三蔵は昼の明るい空に浮かぶ月の白い儚さに、目の前の少年を重ねてしまった。

生まれてから家と病院のベットしか知らない少年。
走ることも、歩くことすら負担となりかねない脆く壊れやすい心臓を持って生まれた少年。
常に傍らにある死の影。
けれどその笑顔は明るく、翳りなど感じさせない、見えない。
その心の中にどれ程の重さを、哀しさを、怖さを抱えていたとしても。

だから、この手で何とかしたいと、三蔵は思ったのかも知れなかった。
この自分の命掛けて悟空が青い空の下を思いっきり走れるように、あの幼い日の約束を果たすために、今、自分は全力で走っている。
ただ愛しいこの存在のためだけに。

「なあ、月の出が遅くなるから昼間も見えるんだって、書いてある」

いつの間にかベットに戻った悟空が天体の本を広げていた。

「あ、ああ…そうだな」

沈んでいた自分の考えから引き戻されるように頷けば、

「疲れてんの?」

と、ベットから降りて、窓際に立つ三蔵の顔を覗き込んできた。
その心配そうな顔に、大丈夫だと笑ってやれば、

「ホント?」

信じられないと、小首を傾げて問い返してくる。

「大丈夫だ。心配するな」

そう言って、くしゃりと悟空の頭を撫でてやった。

「うん…」

まだ、ちゃんと納得はしていない顔付きだったが、頭を撫でられた感触にくすぐったそうに肩を竦めて、何とか頷いたのだった。

「で、月がそうしたって?」

話を戻して、促してやれば、

「あ、うん…──ほら、月の出がだんだん遅くなるから昼間にも月が見えるんだって、本に書いてあるんだ」
「そうか」
「うん、そう」

ベットに戻って、悟空が指し示す本を覗き込んで頷く。

「ほら、な?」

悟空が月の項目の中のその部分を指差した。

昼間の朧な白い月。
そこに確かにあるのにどこか幻めいていて、儚く消えそうな気がする半透明な月。

それはこの目の前で笑っている少年の姿にどうしても重なって、三蔵は悟空が指し示す部分に目を通しながら、気付かれないように拳を握りしめた。

「ああ、確かに」
「へへ…これ、昨日金蝉が持ってきてくれたんだ。ほら、俺、星みたりすんの楽しいからって、言ったらさ」

嬉しそうに本を抱えて、笑う。

「なら、ちったあ勉強しとけよ。春から学校いくんだろ?」

「ん?」と、顔を覗き込めば、瞬く間に唇が尖ってゆく。
そして、

「三蔵まで、母さんみたいなこと言うんだ」

と、上目遣いで睨んできた。
その幼い仕草に笑いを止められず、三蔵が吹き出せば、益々悟空の唇は尖り、機嫌が悪くなってゆく。

「もうっ!」

くるりと三蔵に背中を向けて悟空は完全に拗ねてしまった。
その様子に湧き上がってくる笑いを堪えてぽんぽんと、悟空の頭を叩いた。

「怒るな。でもな、ちゃんと勉強しておいて損はねえからな」

「な?」と、もう一度頭を撫でれば、

「……うん…わかっってる」

小さな声で頷いて、悟空は三蔵を振り返った。

「じゃあ、付き合ってくれよな」

そう言って笑う笑顔に、三蔵は頷いたのだった。

close