心を込めて貴方のために 誰よりも大切な貴方のために
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悟空のチョコレート |
以外にこの時期、公務が暇な三蔵は、最近日暮れと共に仕事を切り上げていた。 休める時に休んでおかないと、忙しい間の体調維持が難しくなる。 今日もいつも通り日暮れと共に寝所へ戻ってきた三蔵を、目眩を覚えるほどの甘い匂いが出迎えた。 「あ、さんぞ、おかえりー」 窓辺に立つ三蔵を見つけて、悟空は嬉しい声を上げた。 「これ、俺が一人で作ったんだ」 目の前に差し出された器の中を三蔵は、恐る恐る見やった。 「どうかした?」 などと、小首を傾げて訊いてみる。 「…おい、これは…何だ?」 聞きたくないが、聞かずにはいられないとでも言うような声音で、三蔵が悟空に訊く。 「チョコレート。んでぇ…トリフって言うんだぜ」 よくぞ訊いてくれましたと、悟空が胸を張る。 「そ、そうか。で、何でチョコレートなんぞ作ったんだ?」 無意識に後退りながら、三蔵は身体を支えるべく窓枠に手をかけた。 「えっと、今日は好きな人にチョコレートをあげる日なんだって。何であげるかって言うと、自分の気持ちを知ってもらう為なんだって。そんで、俺の好きな人って三蔵と笙玄だけど、笙玄は本当に好きな人に想いを込めてあげるんですよって、教えてくれたから…えっと…」 器を抱き込むようにして考える。 「…あ、そうそう、俺の一番好きなのは三蔵だから、三蔵にチョコもらって欲しかったんだ。でも、俺、チョコを買うお金なんてねえからどうしようかって、笙玄に相談したらお菓子の材料のチョコを出してくれて、作り方を教えてくれたんだ。そんで、いっぱい練習して、今日は一人で作ったんだ」 と。
すまん、笙玄…
三蔵はそっと、今日は気分がどうしても優れないと朝から休んでいる笙玄に、心の内で手を合わす。
お前の尊い犠牲は、無駄にはしない。
などと、青ざめた笙玄の今朝の顔を思い出して、語りかける三蔵だった。
「…大丈夫なんだろうな」 それでも胸の内にくすぶる不安のために思わず口をついて出た三蔵の言葉に、悟空はぷうっと頬を膨らませた。 「ひっでぇ…ちゃんと、美味しくできてる。笙玄も美味しいって、言ってくれたもん」 むうっと、口を尖らせて三蔵を睨み上げる黄金の円らに、透明な山が盛り上がってくる。 そう、こうなった悟空に自分は逆らえない。
何で俺が…
などと、悪態を吐きながらもだ。
ほら、気持ちとは正反対に、手が悟空の抱える器に伸びる。
そして、見るからに泥団子のチョコレートをつまむと、えいやあっと、口に三蔵は入れた。
途端、甘い味が口の中一杯に広がった。 「うめえじゃねえか」 食べきって、三蔵はそう言いながら悟空の頭を掻き混ぜた。 「……ホント、に?」 ほうっと、息を吐き、幸せそうな笑顔を悟空は浮かべた。 「さ、さ、さ、さんぞ…?」 わたわたと狼狽える悟空に小さな笑い声を上げながら、三蔵はチョコレートの入った器ごと悟空を緩く抱きしめると、今度はその唇にそっと、口付けた。
甘い甘いチョコレートの香りを腕に抱いて。
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