薄 氷


昨夜は冷え込んだ。
今年は寒い日が何時までも続く。
いつもならもう、暖かい日が何日か続いて、山の下草も新しい芽を起こしているというのに。
悟空は傷だらけの手を谷川で洗いながら、明け始めた空を見上げて小さく嘆息した。

澄んだ水に映る己の姿。
伸び放題の焦げ茶色の髪、やせこけた頬。
そして、何よりこの世の誰もが持ち得ない色の瞳。
この瞳の所為で化け物、妖怪、物の怪と罵られ、蔑まれ、忌み嫌われてきた。
生きていること自体罪だと言われて、何度殺されそうになったか。
実際、何度か死ぬ程の目にも遭っている。
けれど、天はまだ悟空を生かすつもりなのか、どんな目に遭っても生きて来られた、生きてきた。

あの日も街人に見つかって追い立てられ、袋叩きに遭った。
痛みをやり過ごしていた時に、出逢った。
あれは、あの人は一体誰なのだろう。
街の人間と同じように悟空を見て、酷く驚いた顔をしていた。
けれど、自分を見下ろす瞳に嫌悪も蔑みもなかった。
ただ、純粋に驚いていた。
それが信じられなくて、悲しかった。

思い出すたびに胸が痛い。

悟空はついつい思い出してしまう川縁で出逢った公達の姿を洗い流すように傷だらけの手を水を蹴立てるように洗った。
それでも消えない姿を振り払うように立ち上がると、山の中へ駆け込んで行った。

水のかかった川縁の薄氷が冴えた輝きで、悟空を見送っていた。

和の言葉を題材にして50のお題 02:薄 氷
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