ふわり、ふわり、牡丹雪。

さらさら、細雪。

白い世界が降りてくる。

山に森に林に野原に街に。

しんしんと降り積もる。

音のない世界。



WHITE
朝から雪が舞っていた。
悟空は窓から片時も離れず、じっと飽くことなく窓の外を眺めている。

音もなく降り積もる雪に、何を思い、何を感じるのか。

時々、その肩を振るわせて、何かを振り切ろうとする仕草を見せた。




三蔵はその姿を同じように朝から見つめている。
目を離すと消えてしまいそうな、そんな気がして目が離せない。



初めて雪を見た日、酷く驚いていた。
その白さに、笑っていた。
その冷たさに頬ずりして、身を沈めていた。
世界の白さに、ただ驚いていた。



それが、一年経ち、二年経ち、悟空は雪の日は、外に出なくなった。
ただ、窓辺に座って日がな一日、雪の降り積もる様を見つめ続ける。

そんな時の黄金は、ここではない何処か遠くを見つめている。
失った記憶の欠片をつなぎ合わせようとするような、痛みを感じる。



何を見ている?

何処を見ている?

誰を見ている?



その黄金で、見つめるその先には何があるのだろう。



悟空の抱える闇が見えるのは、こう言う時。
何も手出しの出来ないジレンマに、苛まれるのもこう言う時。

傍らに居るのに、手の届かない距離を感じて。
失う恐怖を感じて、三蔵は歯がみする。




お前のその黄金に映るのは、自分の姿だけでいい。
今、目の前に在る事だけを考えていればいい。

岩牢に入れられる前の記憶など、思い出すな。
忘れて、失ったモノをもう一度、取り戻そうとなどするな。




三蔵は短くなった煙草を灰皿に押しつけると、わざと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

その音に、一瞬、悟空の肩が揺れる。
そして、ゆっくりと三蔵を振り返った。
その見返す悟空の瞳の色に、三蔵は息を呑む。




何処までも深く、何処までも清浄に、何処までも透明に澄んだ黄金の宝石。




幼い容の大半を占めるのではないかと思わせる大きな瞳は、何の感情も載せずにただ、三蔵を見返していた。

三蔵も見返す。




何処までも潔い、何処までも強い、何処までも清冽な紫暗の宝石で。




ことさらゆっくりと悟空に近づくと、三蔵は自分を見つめる悟空の丸い頬に手を伸ばした。
触れると微かに、悟空の身体が揺れる。
触れた指先で子供特有の熱を感じて、初めて三蔵は悟空が今、ここにいることを確認する。

「何を、見ていた?」
「…ん…外…」

ゆっくりと三蔵が頬を撫でるその肌触りに、悟空の瞳がようやくほころぶ。
撫でる三蔵の手に自分の手を重ねると、吐息のような声が漏れた。

「……どこにも…行かないで、ね」

そっと、閉じた長い睫毛が震えていた。

「悟、空…?」

訝しげに瞳を眇める三蔵に気付かず、悟空は言葉を続けた。

「居なくならないで…ね。傍に居てね…居てね」
「わかってる」
「ん…声が、聞こえないから…恐い…よ、さんぞ…」

悟空は三蔵の手をたぐるようにして、抱きついてきた。

「悟空?」
「…ふぇ……ぇぇ…」

泣き出してしまった。



何がそんなに不安なのか。
何を失うと思っているのか。

傍らに居る限り、失うモノなど何もないはず。
不安になるモノなど何も存在しないはず。



三蔵は抱きついた悟空をいったん引きはがし、抱き上げるとそのまま窓辺に立った。






外は、音もなく雪が舞って、世界は白く染まりつつあった。






悟空は三蔵に抱かれても、その首に腕を回して泣き続けている。
三蔵はその悟空の腕を外させると、窓辺に座らせた。

「…ふぇっ…さん…」

三蔵に伸ばされた両手をひとまとめに掴むと、三蔵は悟空の唇を奪った。
突然の口付けに、悟空は涙で濡れた黄金を見開いた。
離れようと抗う華奢な身体を引き寄せ、抱きすくめる。
そして、ゆっくりと熱を分け与えるような口付けに、悟空の身体の強張りが解け、甘い吐息が漏れた。
やがて、離れた三蔵の唇の熱を追うように悟空の身体が、三蔵の胸に倒れ込む。

「……さ、んぞ」

握られた手をそのままに、悟空は三蔵を見上げた。

「離さないでね…」
「…ああ」
「…うん」

悟空は潤んだ笑顔を三蔵に見せるとまた、胸に顔を埋めた。
三蔵は掴んでいた腕を離し、悟空の身体を抱き込んだ。

悟空は三蔵のぬくもりにほっと、息を吐いた。
三蔵も腕の中の悟空のぬくもりに、安堵の息を吐く。

そのまま、窓の外に視線を投げれば、雪は降り積もり、白い世界が広がろうとしていた。




連れて行かせない。

何処にもやらない。

過去も未来も全ては、自分の傍に。

誰よりも、傍らに。






ふわり、ふわり、牡丹雪。

さらさら、細雪。

白い世界が降りてくる。

山に森に林に野原に街に。

しんしんと降り積もる。

音のない世界。



二人が居ればそれでいい。




end

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