ふわり、ふわり、牡丹雪。 さらさら、細雪。 白い世界が降りてくる。 山に森に林に野原に街に。 しんしんと降り積もる。 音のない世界。
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朝から雪が舞っていた。 悟空は窓から片時も離れず、じっと飽くことなく窓の外を眺めている。 音もなく降り積もる雪に、何を思い、何を感じるのか。 時々、その肩を振るわせて、何かを振り切ろうとする仕草を見せた。
三蔵はその姿を同じように朝から見つめている。
そんな時の黄金は、ここではない何処か遠くを見つめている。
何を見ている? 何処を見ている? 誰を見ている?
その黄金で、見つめるその先には何があるのだろう。
悟空の抱える闇が見えるのは、こう言う時。 傍らに居るのに、手の届かない距離を感じて。
お前のその黄金に映るのは、自分の姿だけでいい。 岩牢に入れられる前の記憶など、思い出すな。
三蔵は短くなった煙草を灰皿に押しつけると、わざと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。 その音に、一瞬、悟空の肩が揺れる。
何処までも深く、何処までも清浄に、何処までも透明に澄んだ黄金の宝石。
幼い容の大半を占めるのではないかと思わせる大きな瞳は、何の感情も載せずにただ、三蔵を見返していた。 三蔵も見返す。
何処までも潔い、何処までも強い、何処までも清冽な紫暗の宝石で。
ことさらゆっくりと悟空に近づくと、三蔵は自分を見つめる悟空の丸い頬に手を伸ばした。 「何を、見ていた?」 ゆっくりと三蔵が頬を撫でるその肌触りに、悟空の瞳がようやくほころぶ。 「……どこにも…行かないで、ね」 そっと、閉じた長い睫毛が震えていた。 「悟、空…?」 訝しげに瞳を眇める三蔵に気付かず、悟空は言葉を続けた。 「居なくならないで…ね。傍に居てね…居てね」 悟空は三蔵の手をたぐるようにして、抱きついてきた。 「悟空?」 泣き出してしまった。
何がそんなに不安なのか。 傍らに居る限り、失うモノなど何もないはず。
三蔵は抱きついた悟空をいったん引きはがし、抱き上げるとそのまま窓辺に立った。
外は、音もなく雪が舞って、世界は白く染まりつつあった。
悟空は三蔵に抱かれても、その首に腕を回して泣き続けている。 「…ふぇっ…さん…」 三蔵に伸ばされた両手をひとまとめに掴むと、三蔵は悟空の唇を奪った。 「……さ、んぞ」 握られた手をそのままに、悟空は三蔵を見上げた。 「離さないでね…」 悟空は潤んだ笑顔を三蔵に見せるとまた、胸に顔を埋めた。 悟空は三蔵のぬくもりにほっと、息を吐いた。 そのまま、窓の外に視線を投げれば、雪は降り積もり、白い世界が広がろうとしていた。
連れて行かせない。 何処にもやらない。 過去も未来も全ては、自分の傍に。 誰よりも、傍らに。
ふわり、ふわり、牡丹雪。 さらさら、細雪。 白い世界が降りてくる。 山に森に林に野原に街に。 しんしんと降り積もる。 音のない世界。
二人が居ればそれでいい。
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