雪の朝 |
朝、目が覚めたら世界が白かった。 その見たこともない白い世界に悟空は、我を忘れて見入っていた。 庭木も草も屋根も目に見えるもの全てを覆う白。 悟空は、寝所の入り口に薄い夜着のまま立ちつくしていた。 「何やってる?」 後ろから問われた不機嫌な声でようやく悟空は、我に返った。 「・・・さんぞ」 三蔵を見返す悟空は、惚けたような顔をしていた。 「何だ?」 惚けたような悟空の様子に訝しむ三蔵の問いに悟空は、まるで魔法を目の当たりにしたような何とも言えない表情になると、呟くように答えた。 「白いよ、外」 外がどうしたのかと、悟空の立つ戸口に三蔵は寄って、外を覗いた。 「さんぞ、何で白いんだ?」 悟空にはわからないらしく、訊いてくる声に好奇心が見え隠れしている。 「雪が降ったからだ」 きゅっと、夜着の裾を握って、立つ悟空の姿に三蔵は、面白そうに瞳を眇めた。 「さんぞ、俺、触りたい」 好奇心に染まって輝く金の瞳が、三蔵を振り返った。 「あ?」 そのわくわくに染まった金色に三蔵は、気圧されたように頷いてしまった。 白いふわふわの固まり。 雪の中へ足を踏み出し、素足に伝わる冷たさに顔がほころぶ。 「さんぞ、冷たい」 笑う笑顔に三蔵は、黙って頷く。 「さんぞ、さんぞ、ふわふわしてる」 頬ずりするように雪に顔を付ける。
岩牢から連れ出してしばらくは、どんな刺激に関しても悟空は、鈍かった。 最初に気が付いたこと。 最初は、自覚しない疲れと共に眠気が。 三蔵に届く声は、まだ聞こえてはいたが、最初の頃の悲痛さは消えて、今は穏やかに静かに、三蔵の胸を暖めていた。 今は、笑っていてくれればいい。
どれぐらい悟空が、雪と戯れているのを見ていただろう。
あいつ、ひょっとして起きたままの格好か?
そう思って見れば、悟空は薄い夜着一枚なことに気が付く。 「てめぇ、もういい加減にしろ」 三蔵の声に悟空は顔を上げた。 「えっ、まだこうしていたい」 ぷうっと、頬を膨らませて言う悟空を無視して、三蔵は悟空を抱え上げた。 「さ、さんぞ?」 有無を言わさず抱え上げられた悟空が、驚いて三蔵にしがみつく。 「さんぞ、暖かい」 怒ったような口調で言われた言葉に、自分の身体が冷たいことにようやく悟空は気が付いた。 「俺、冷たい?」 三蔵の返事に嬉しそうな笑い声を上げる。 「てめぇ、何笑ってやがる」 居間の長椅子に下ろされ、毛布にくるまれる。 「今、風呂沸かしてやるから、それまでそうしていろ。いいな、動くな」 断固として悟空に言い置くと、三蔵は湯殿に向かった。
悟空は暖かい部屋と毛布のぬくもりの中で、微睡み始めていた。
岩牢に居るときには見たことのなかった雪。 「・・・さんぞ・・」 小さく大切な人の名を呟くと、悟空は寝息を立て始めた。 三蔵が、湯殿の準備をして戻って来たとき、悟空は長椅子の上で毛布に埋もれるようにして眠っていた。
それは、初雪の降った新しい年の初めの朝。
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