雪 闇

朝から降っていた冷たい霙混じりの雨が、昼過ぎから大きな牡丹雪に変わった。
子供はしんしんと降り積もる雪を寝台の上で、開け放った窓から息を潜めて見つめていた。

いつもならそんな子供の様子を咎め、温かい腕に囲い込んで、優しさでくるんでくれる保護者は、三日ほど前から忙しい仕事の所為で部屋に戻ってきてはいない。
側仕えの僧侶が何度となく子供に声をかけ、食事を勧め、毛布にくるまるように促しても、子供はそこから動こうとはしなかった。
生きることすら拒絶したように、雪に魅入られたように、そこに子供は居続けた。

降る雪の所為で空は重く、暗く、夕暮れは常より早く訪れ、大気は凍てつく。
新年を言祝ぐ声が遠くで聞こえ、いつもは暗い回廊に灯が入り、降る雪と相まって幻想的な風景を紡いでいた。

子供はそんな景色に心を奪われることなく、ただ、暗い瞳をして降り積もる雪を見つめていた。

日付が変わる頃、疲れ切った保護者が寝所へ戻って来た時も、子供はそのまま寝台の上にいた。

「悟空…?」

外界と全く同じほどに冷え切った室内。
灯りも付けず、全開にされた窓。
その中で子供の吐息の生む淡い白と降り積もる雪の朧な明るさを生む白が仄かに色付いていた。
窓を向いた子供の頬の白さに、保護者は背筋が冷たくなった。

「悟空!」

思わず上げた声の大きさに自らはっとし、呼ばれた子供は緩慢な動きで声のした方へ顔を向けた。

「……ぞ…?」

凍えた吐息の声。
ゆっくりとまばたく瞳は、穿たれた空洞に似て。
三蔵は足早に悟空の側に近づくと、寝台に乗り上げ、全開になった窓を手荒な仕草で閉めた。
そして、腰の辺りに落ちた毛布で悟空の身体を覆い、その毛布ごとその身体を抱き締めた。

「…さ…ぞ…」
「もういい…」

抱き締める腕に力を込めて、三蔵は冷え切り、凍えた悟空の身体を毛布の上から撫でた。
それはまるで自分の温もりを与えるようにも、凍えた子供の心を融かすようにも、子供の心を宥めるようにも見えた。

しんしんと雪は降り積もり、世界の全てを白く塗り替えてゆく。
怯える心も、慈しむ心も白く。
犯した罪も、失くした記憶も白い闇の向こうへ。

「…もう、いいから」
「…さ、んぞ…」

そろそろと悟空の手が三蔵の衣に伸ばされた。
探るように三蔵の身体を辿り、背中の衣を握りしめる。

「…なんにも聴こえなくなってきたから……一人だって…俺…」

衣を握りしめた拳が白くなる。
三蔵の胸元に、温かな濡れた温もりがじんわりと肌に伝わる。

「雪…きれーなのに……冷たくて…白くて、何も見えな……って…」

華奢な凍てついた悟空の身体を抱き締める三蔵の腕に力がこもる。

「……こ、ここ…るよな?傍に…いるよな…?」

そう言って見上げてきた顔は涙に濡れて。

「さん、ぞは…何処にもいか、な……な?」

空洞であった金瞳は、色濃く不安と怯えに染まって。

「さ、んぞ…は、ここにい…──んっっ」

これ以上縋る声を聞いていたくなくて、三蔵は悟空の唇を己のそれで塞いだ。
そして、自分の熱を分け与えるように、ここに自分は居ると言い聞かせるように、三蔵は悟空の身体から強張りがとれ、甘い吐息を零すまで、悟空の口腔を犯し続けた。






俺はここにいる。

お前はここにいるから─────






「──…っぁ…さ、んぞぉ……」

甘い声で三蔵を呼ぶ悟空を寝台に横たえ、三蔵はその上にのし掛かった。

「囚われているんじゃねぇよ…サル」

見上げてくる金瞳に唇で触れて、

「その身体で確かめろ、悟空」

その言葉に悟空は一瞬、瞳を見開いて、すぐ、こぼれ落ちるような笑顔を浮かべた。

「うん…そして、刻みつけて…忘れないように…」
「上等だ」

紫暗を眇めて三蔵は笑い、悟空の身体に己を沈めていった。






end

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