懸想文売




 

光明は困っていた。
色々な偶然が重なり、光明のもとへ金蝉童子との縁談が持ち込まれていた。

「光明様のお屋敷に時折、いらっしゃる公達はまだ、お一人の身でいらっしゃるのでしょうか?」
「…は?」

最初、言われた時は何の話だ、誰のことだとわからなかったが、よくよく相手の使者殿の話を聞けば、どうやら金蝉童子を見初めたと言う話だった。

「どこで見られているかわかりませんね」

などと、感心している場合ではない。

「…そうですか…でも、あの者は申し訳ないのですが、すでに子供もいる妻帯者です」

と、言えば、

「それは残念…」

そう言って、諦めてくれるならそれで良い。
けれど、中にはそれでも構わないと、諦めてくれない者には、ちょっと呪いを使うことになる。

「金蝉…お前はどこでこれほど顔を売ったのですか…」

断っても断っても来る縁談の数に光明はため息しか出ない。
お陰で日頃、作りもしない呪符をたくさん作ることになってしまった。

「あ、そうそう…」

濡れ縁で今夜も呪符を作る傍ら、

「…しばらく近づくんじゃありませんよ」

と言う伝言を載せた白い鳥の式を飛ばした。




「式…?」

庵の蔀を抜けて舞い降りた白い鳥が三蔵の手に止まるなり、手紙に変わった。
広げて読む三蔵の顔に疑問符が浮かぶ。

「どういう意味だ?!」

訳がわからない。
が、光明が来るなと言うのなら何かあるのだと知っている三蔵は、その式に返事を乗せて返したのだった。




「おや、帰って来た」

呪符を作る手を止めて、戻って来た式を手に取った。
ふわりと鳥の形を崩し、もとの紙に戻る。
返事の内容に、光明は笑顔を浮かべた。

「はりきらねばいけませんね。とっとと片付けて遊びにゆきますよ」

そう言って、光明はまた呪符を作り出したのだった。



 金蝉童子への縁談が来なくなるまで、光明の奮闘は続いたらしい。




懸想文売(けそうふみうり):元日寅の刻から縁談、商売繁盛の符札を売り歩いた商人。

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