Tear oneself away 〜笙 玄〜
三蔵に連れられて戻った悟空を笙玄が、抱きつかんばかりの様子で迎えた。 「ごめんなさい」 三蔵の法衣を握ったまま小さな声で謝れば、笙玄は 「いいんですよ。悟空が無事なら」 と、笑ってくれた。 「悟空、お腹空いたでしょう、着替えて夕飯にしましょうね。今日は三蔵様もご一緒ですから、沢山食べて下さいね」 笙玄の言葉に大きく頷くと、悟空は洗面所へ駆けていった。 「……わかりました。でも何故です?」 訳がわからないと笙玄の眉が顰められる。 「背中に傷が出来てやがる。馬鹿共がまた、悟空に危害を加えたのだろうさ」 吐き捨てるようにそう言うと、三蔵は寝室に着替えを取りに入っていった。 「あれ、さんぞは?」 きょろきょろと見回しながら食事の準備をする笙玄に問いかける。 「三蔵様は、お召し替えに寝室においでですよ」 悟空は、頷くと寝室に駆け込んでいった。 仲直りが出来たら、すぐたわいもないことでケンカが始まる。 だが、それも嬉しい。 とげとげしい空気を纏い、手負いの動物の様になった三蔵を見るのは辛いし、怯えて嘆く気持ちを我慢して、笑顔を向ける悟空を見るのは悲しかったから。 日々の生活の中で垣間見る子供らしい三蔵や、幼いと思っていた悟空の老生した表情にドキリとさせられ、また、寺院の閉鎖的な空間で、これほどまでに生き生きと生きている二人を見守れる幸せを笙玄は、感じるのだった。
「笙玄ーっ!三蔵がぶったぁ!!」 甘えるように笙玄の元へ走ってくる悟空を、ハリセンを振り上げた三蔵が追いかけてくる。 「てめぇ、笙玄を味方にしようなんざ、百年早えってんだ!」 言うなり、手に持ったハリセンを投げる。 「っつてぇ〜」 頭を抱えて笙玄の足下に踞る悟空に、三蔵はざまあみろと鼻息も荒く、息を吐くと、食卓に座った。 やがて、数日ぶりの賑やかな夕食が始まった。
食事の後、笙玄に言いくるめられて、悟空は寺院の診療所に連れて行かれた。 昼間、意味もなく小坊主に竹箒で殴られた傷を手当てしてもらうために。 Tシャツをめくって、晒された悟空の小さな背中は、無数のひっかき傷で埋まっていた。
「よし、いいぞ、悟空」 ぱんと、手当を終えたばかりの悟空の背中を康永は叩いて、笑った。 「い、痛いって」 逃げるように笙玄の後ろに隠れる悟空に、康永は声を上げて笑う。 「気を付けろ。無抵抗もいいが、避けられるなら避けろ。三蔵様が知ったら、悲しまれるぞ」 笑いを納めて、康永がそう言うと、悟空は複雑な顔で頷いた。 「大丈夫です。逃げても、反撃さえしなければ、三蔵様にご迷惑は掛かりませんよ」 笙玄の言葉に頷きはするもののまだ、納得のいかない悟空の様子に、康永も頷いてやる。 「私も保証人だ。な?」 ガッツポーズでもしそうに頷く悟空に、笙玄と康永は目と目で頷き合う。 「さ、戻りましょう。三蔵様が待っておいでですよ」 べっと、舌を出して診療所を出て行く悟空に声を上げて康永は笑い、そんな康永の心遣いに深く頭を下げて、笙玄は悟空の後を追った。
全てを知ってもじっと、見守る三蔵のためにも、出来うる限りの力を尽くそう。 笙玄は自分に誓った。
蔑みと嫉妬と悪意。 それは、暗闇の中の一筋の光。 心の平安を保つために。 ここに私は、あると信じている。
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