この頃毎晩夢を見る 助けを求める声
ねえ、誰…
Calling 〜夢の中〜
新学期が始まってまもなく、洸は微かに自分を呼ぶ声を聞くようになった。
声というにはあまりにも微かすぎて判然とはしないけれど、それでも自分を呼んでいるという確信は持てた。
学校は楽しい。
友達もたくさんいる。
授業はまあ、楽しくはないけれどそこそこ面白い部類には入る。
毎日笑って、食べて、遊んで、何事もなく平凡に過ぎてゆくはずだった。
そんな毎日が、いつの間にか揺らぎ始めていた。
夢の中の声は、日ごとにその意味を明確にしてくる。
最初は、微かに感じるだけだった。
けれど今は、はっきりと自分を呼んでいる。
それも切羽詰まった様子が窺えるほどに。
それなのに、何を言っているのかわからない。
そのジレンマに心の奥底にいつの間にか生まれていた不安が、掻き立てられた。
──何を言おうとしてるの…
口を開こうとして、目が覚めた。
「おっはようー」
ぼうっと学校への道を歩いている洸の背中を幼なじみの潤が、力一杯どやしつけた。
「ってぇー」
その痛みに思わず座り込む。
今のは絶対手形が背中に付いた。
その確信に涙目になりながら、洸は目の前の幼なじみを見上げた。
「何ぼーっと歩いてんだよ」
座り込んだ洸の前に回り込んで、顔を覗き込む。
その悪戯が成功したと言わんばかりの顔を避けるように顔を背けて、
「べっつにー」
洸は立ち上がって歩き出した。
「そうは見えないけど?!」
「何でもないよ。ほ・ん・と」
にこっと、笑いかけると、洸は走り出した。
何でもない。
ただ、夢見が悪かっただけだ。
そう、ただそれだけ。
胸の中に生まれ、消えない不安を打ち消すように、洸は自分に言い聞かせて。
「おい!待てよー!!」
潤が、後を追って走りだした。
いつもと変わらない風景。
”あ…き……ら……”
今夜は、はっきりと言葉として聞こえてきた。
──誰?
”…やっと………見……けた…”
夢は、その日から映像を伴うようになった。
薄ぼんやりとして、まるで磨りガラスをすかして見ているようではあったけれど、確かにどこかの風景が見えた。
”…あ…き・ら……やっと…見つ……けた…”
──僕を…見つけた?!
首を巡らして、瞳を凝らして、声の主を探そうとして──目が覚めた。
季節は秋。
文化祭、体育祭、中間試験に三者面談───来年は受験生になる。
自分は将来どうするのかな?
先の見えない不安をこの時期誰もが抱える漠然とした不安。
けれど、洸は自分の将来よりももっと近い未来に、大きな影をその身に感じて我知らず身震いした。
「どうしたの?」
洸の様子に母親が、心配そうに顔を曇らせる。
「何でも…。ちょっと寒いかなって」
「そうね、まだ11月の初めだとゆうのに今日は少し冷えるわね」
と、母親が穏やかな笑みをこぼす。
「今日は暖かい物でもしましょうね」
「うん」
二人は肩を並べて帰路に着いた。
どこまでも続く荒れ果てた大地。
雲一つない晴れ渡った空。
その空に大きな白い月と小さな薄赤い月。
夢の風景は、色を持ち始めた。
洸を呼ぶ声は、今でははっきりとその耳に届いている。
”あきら、蒼い力を宿す私たちの戦士。早く私たちの所へ来て下い。早く…”
──誰?どうして呼ぶの?
声が、いつも一方的であることはわかっていたが、問いかけを止められない。
”あなたの力が、必要なのです。……私たちは、あなたを待っています”
──戦士って?私たちって?ねえ…答えてよ
夢の中で問いかける自分の声に目が覚めた。
冬枯れの校庭で洸は一人、トラックを走っていた。
クラブ活動はしていないが、たまに陸上部の練習に入れてもらう。
助っ人としてよくあちこちの運動部から声が掛かるので、一つ所に腰を落ち着けてクラブ活動に専念することはしない。
もうどれくらい走っているだろう。
昨日見た夢を振り払うように走り続ける。
───昨日見た夢───
見知らぬ街が爆撃をうけている。
逃げまどう人々。
破壊される街。
聞こえる叫び。
身体に感じる風──熱。
砂埃と血の匂い。
目の前に子供が倒れ込んできた。
──あ、大丈…
差し出した手を握り返すそのぬくもりに洸は、助け起こそうと近づく。
そこへ打ち込まれるミサイル。
のばした手が握っていたのは────
──うあぁぁぁ─っ!!
目が覚めた。
早鐘のように打つ胸の動悸。
洸は肩で息をしながら自分の両手を見た。
その手に残る生々しい感触。
確かにあの子はこの手を握っていた。
「…何で…こんな……」
涙が溢れた。
誰が何のためにこんな夢を見せる?
こんな…
結局、その後怖くて眠ることができずに朝まで起きていた。
汗がTシャツを張り付かせ、冷たい風が汗をかいた身体から体温を奪ってゆく。
黙々と走る洸の姿をクラスの窓から潤は、心配げに見下ろしていた。
声が聞こえ始めてから感じる揺らぎ。
夢を見始めてから感じる不安。
変わらぬ日常が、砂の上の楼閣のような危うげな印象を閃かせて、洸の心を暗くした。
この日初めて、朧にではあるが姿が見えた。
髪の長い人。
夢の風景はいつも殺伐として、声は変わらず洸を呼んでいる。
そして、風景はさらなる現実身を帯び始めた。
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