誰かに見られてる

誰かが監視してる

この不安は何…




Assault 〜喪失〜




学校の帰り洸と潤は、学校と自宅の中間にある児童公園に立ち寄った。

「話って何?」

ベンチに座ると洸が切り出した。

「うん…」

言いよどむ潤を不思議そうに見やる。

「言いにくいこと?」
「…お前さ、俺になんか隠してない?」

洸の方を見ないで潤が、意を決したように言う。
その言葉に洸の表情が、少し翳る。

「べつに…なんも隠してないって」
「嘘つくな。何がそんなに不安なんだ?」

潤の言葉に弾かれたように顔を上げる。

「な・何も…」

声の震えが洸の嘘を潤に伝える。
潤はため息を一つ吐くと、話し出した。

「お前ね、そーゆー態度がバレバレだってんの。何年お前と連んでると思ってんだ?」

そう言って笑う。

「一人になるとため息吐いて、不安そうに窓の外見てたり、暗い顔して考え事に沈んでたりさ。最近は人の話も上の空のこと多いじゃん。何も見てないと思ってた?」
「……潤…」
「言ってみろよ。聞いてやるからさ。ほれ…」

洸に向き直って笑って見せた。
その笑顔に洸は、曖昧な笑顔を返す。
2年になって最初は声だけだったのが、そのうち風景が見えるようになって、今では自分の方が夢の中かもしれないと思うほどに現実身を帯びてきている。
夢が現実に近づくにつれて、心の底にわだかまっていた暗い翳りが大きくなってゆく。
そんなことをこの幼なじみに打ち明けたって信じてもらえるのか。

「言ってもさ、潤はきっと笑うよ。笑って信じてくれないよ」
「言う前に諦めるなって。笑わないでちゃんと聞いてやる。約束する」
「……うん…」

決めかねている洸に冬の風が決断を促すように一瞬纏わり付くように通り過ぎていった。







僕を呼ぶ夢の中の美しい人。
長い黒髪の女の人…。
青い瞳に焦燥を滲ませて、言葉に懇願をのせて、僕を呼ぶ。

”早く、早く私たちの所へ来てください…彼らがもうすぐそこまで迫っているのです”

でも、彼女に僕の言葉は届かない。
何度呼びかけても、何を問いかけても答えてはくれない。
彼女と共に訪れる風景は殺伐として、生き物の気配のない世界。
荒野と砂漠と広い空と・・・たぶん映画でしか知らない戦争の痕。
人の気配のない街角、枯れ果てた森、焼き尽くされたらしい草原。
裸足の足の裏に感じる土の感触と肌に感じる風に混じる微かな血の匂い。
今こうして友達と笑い合い、何事もなく過ぎてゆく日々が夢で、殺伐としたあの風景が現実のような錯覚をおこす。
何事もなく過ぎてゆく毎日が、形の見えない黒い影に飲まれて、手の届かない所へさらわれてしまう恐怖に囚われる。
不安で、不安で、怖くて、怖くて、眠るのが、夢を見るのが嫌で、それでも夜は来る。
眠らないようにしていても浅い眠りに入れば夢を見る。
そろそろ限界が近いかもしれない。
そして、この間からの爆撃の最中の夢──というにはあまりにも生々しい。
いつか、現実と夢が入れ替わってしまう。
その恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。








「…可笑しいだろ……」

そう言って、なげやりに洸は笑った。

「バーカ。何でもっと早く言わねーんだよ」
「だって…言ったって信じてもらえないと思って…」

うつむく洸に潤は、努めて明るい声をだす。

「だからバカって言うんだよ。まあ、まんま信じるっていうのも変だけど、その夢にはきっと意味があんだろう。その…美人が助けを求めてるってさ」

洸なんかに助けを求めたって何の足しにもなんねぇのにな、と言って笑う。

「悪かったな。何の足しにもなんなくて」

潤の言葉にふくれてみせる。

「夢なんだから、深刻に考えてもどうにもなりはしないって。それともその…戦士っていうのになりたいわけ?」
「まさか。でも何でこんな夢をずーっと見なきゃなんないのかな…」

洸は、大きなため息をつく。
その様子に潤は、のどを鳴らして笑う。

「何だよ?!」
「何でもないって」

そう言いながらまた笑う。

「変な奴…」


















見つけた。

見つけた。

こんな辺境に居たなんて。

気づかないはずだ。あんな子供だったとは。

どちらだ?

茶色の方だ。

もう一人は、どうする?

いらぬ。

結界を張れ。邪魔者は入れるな。

召還者の念も遮断しろ。

行くぞ!





















不意に空が翳った。
突風が洸と潤を包む。

「ん…な…なに?!」

目を庇い、ベンチに踞る。

「洸!」

潤の声に顔を上げる。
そこには、二人を囲むように異様な雰囲気をまとった男達がいた。

「だ・誰?!」

洸の目の前の男の腕が、上げられる。
何が起こったのかわからなかった。
風が、身体の周囲を走り抜けた。
それだけの感覚。
一瞬の間をおいて、悲鳴が上がった。

「潤──っ!!」

体中から赤い霧を上げてボロ布の様に潤の身体が宙に舞う。
濡れた音を立てて潤の身体が地面に叩き付けられる。

「あ…あ…あーっ!!」

洸は、あまりの光景に膝から崩れおれる。

「あ……あああ…」

小刻みに震える洸の身体の周囲が薄青く光り始める。
もう一度、今度は痛みの伴った風が、洸の周囲を走り抜けた。
薄青い光に包まれた洸の身体が宙に舞う。
意識が途切れる。
その途端、洸を包んだ薄青い光が、爆発した。
光は音もなく洸と潤を襲った男達を包み込み、唐突に消えた。
後には、血まみれで事切れた潤と気を失った洸がいた。






















身体を苛む鈍痛に洸は、意識を取り戻した。

「………?!」

力の入らない腕で身体を支えて起きあがる。

「…ったく…今の…!!」

横を見て息が止まった。

「じ…潤…?!」

ズタズタに切り裂かれ、血まみれの幼なじみが、そこにいた。
洸は、弾かれるように潤に近寄り抱き起こす。

「おい…潤?!ねえ…目開け…」

自分が血まみれになる事も忘れて、潤の身体を揺する。
しかし、すでに事切れ、冷たくなった潤の瞳は開くことはなかった。

「潤…潤…えっ…うぇっ……」

涙が溢れて、嗚咽が漏れる。
潤の物言わぬ身体を抱きしめて泣く洸の耳に爆発音が届いた。
音のした方を見た洸は、呆然と空高くあがる火柱を見つめた。
火柱を見つめる洸の思考は、麻痺寸前だった。
それでも自宅の方だと気が付くぐらいの思考は残っていたのだろう。
のろのろと立ち上がると、火柱のあがっている方へ歩き出した。

「…母さん…かあ…さ…」

呟く自分の声に我に返る。

「母さん!!」

走り出す。
辿り着いてみれば、自宅のあった場所に半径数十メートルはあろうかという巨大なクレーターが出現していた。

「………う…そ……あ…っ!!」

かろうじて繋がっていた洸の意識は、目の前の光景に耐えきれず闇に落ちた。




1 << close >> 3