───ねえ、もう少しであなたに会える
待ってて、後少し・・・
Shrine 〜眠るもの〜
サラは、牢の隅に踞って眠っている洸を見下ろしていた。
”蒼い力”を持つ人間───本当にそうだろうか。
疑問が湧いてくる。 サラの知る力を持った人間は皆傲慢で、力を持たないものをまるで虫けらか何かのように見下し、蔑んでいた。 サラの愛した人も大きな力を持っていたが為に望まぬ争いに巻き込まれ、封印されてっしまった。 力と権力の争いの中で星は荒廃し、人々は皆散り散りになり、トアに残ったのはサラと崩れた街と封印された愛しい人だけとなった。
時は音もなく流れ、トアはまた繁栄を取り戻していた。
やがて待つことに疲れ始めた時、彼に出会った。 「ご存じですか?”蒼い力”の伝説」 力を渇望する者全てが求めて止まぬ力。 ある者は、銀河の中心にあるエネルギーの源に。 噂は噂を呼び、伝え語りは尾ひれが付き、歪曲され口の端に登る。 「”蒼い力”を与えられた少年が今ここに、トアに居るとご存じですか?」 闇の色をした彼が言った。 蒼く閃く銀髪。 夢でも見てるような少年のその姿に不意に色が付いた。 蒼い銀髪に栗色が、底知れないサファイアが鳶色に、透ける肌が人のそれになり、幼さの色濃く残る少年になった。 「彼の名は洸。今この星に居るのです。この姿で」 巧みな言葉にいつの間にか引き込まれ、頷いていた。 「あんたが何ものでも、”蒼い力”を持っているのならその力使わせてもらう」 サラは眠る洸に告げると、牢の扉を開け、床に踞って眠る洸の側に寄った。 「起きて」 声をかけたが、洸は身じろぎ一つしない。 「起きて」 寝起きの意識のはっきりしない顔で洸は声のする方へ顔を向ける。 「起きた?」 その声にきょとんとしたが、意識がはっきりし、サラの姿に気が付いた途端、洸の顔は青ざめ、サラの側から身を引こうと暴れた。 「一緒に来て」 掴まれた腕を振りほどこうとする洸を引きずるようにして牢の外へ出た。 夜明け前の空気が二人を包む。 洸は何とか腕を振りほどこうと身をよじり抗う。
いつも以上に不機嫌な顔をしてジエンは、依頼人と会っていた。 依頼人は、考古学者で、名をシ・ザヒルといい、その姿はうらなりひょうたんの様な陰気な印象を与える男だった。 「依頼すれば何でもやってくれるというのは本当だね?」 落ち着かなげに手をこすり会わせてジエンに問う。 「ああ、まあな。内容次第だ」 それがどうしたと言わんばかりのジエンの態度に側にいるサルヴァとキアは目眩を覚える。 「で、依頼内容は?」 ジエンの問いかけに依頼人、ザヒルは一枚の地図を広げた。 「これを見て欲しい」 広げられたのはトアの大陸の一つメサ大陸の地図だった。 「この山を見てくれ」 ザヒルは大陸のほぼ中央に位置する山を指した。 「このス・メサにトアの先住民だったサメル族の遺跡がある。 彼らの遺跡は皆、破壊された跡ばかりで考古学的な発見になるようなものは何もないと思っていたのだが、ここは最近になって発見された遺跡で他の遺跡に比べてずっと破壊の跡が少なく、貴重な発見が期待できる」 「サメル族って?」 キアがサルヴァに訊く。 「知らないわよ。この星の先住民だったって事ぐらいしか」 ジエンは地図に視線を向けたまま口を開いた。 「サメル族の遺産発掘が今回の仕事か?」 すっと、ジエンの銀灰色の瞳が細められる。 「そうだ」 ぎこちなく頷くザヒルの様子からまだ、何か隠してる気がしたが、一分一秒でも早く洸の行方を探したいジエンは、この際目をつぶることにした。 「わかった。引き受けよう。但し、報酬は通常の二倍、危険手当付きだ」 ジエンの提示条件にザヒルは青ざめた。 「そんな法外な・・・」 青ざめるザヒルを忍耐の紐がすでに切れて、着火寸前のジエンが睨み付ける。 「嫌なら他を当たってもらうまでだ」 話は終わりと、ジエンは席を立った。 「ま、待ってくれ」 苦々しい顔でザヒルは承諾した。 「で、出発は?」 煙草に火をつけながらジエンが訊いた。 「あ、明日の早朝、トア時間午前四時にこのス・メサ山の麓にあるゴーストタウン、ギザに来てくれ」 地図をたたみ、ザヒルは席を立った。 「では、明日」 ジエンは丁寧なお辞儀をしてザヒルを見送った。 「何だ?」 キアのため息をジエンは、聞き咎めた。 「あんたのやり方に呆れてるんだよ」 それがどうしたと、口調と態度が言っている。 「もう、いいよ」 キアは緩く頭を振ると、サルヴァの側に座った。 「ねえ、サメル族って、何 ?」 ジエンは、鼻の頭にしわを寄せた。 「”蒼い力”と”碧の力”って・・・ア、アキラとソルクの力ってこと?」
”蒼い力”は、洸の中にあった。 他の誰でもない。 望まないのに与えられた力。
言葉を失うサルヴァにジエンは頷く。 「なら、何でサメルが力を持ってるなんてことになってんのさ?」 納得できないと、キアが言う。 「伝説や噂は数知れねぇ。一々それに振り回される気はねぇが、アキラの存在もソルクの存在も知らねぇ連中にとっては、そう言われればそれを信じるしかないってことだ。それが真実と違っていてもな。そういうもんだろうが」 ソルクと知り合うまでのジエン達も、溢れかえる噂に翻弄され、何度失望しただろう。 「手に入れたい力ねぇ」 サルヴァは、理解できそうもないと首を振る。 「手に入れた奴らに幸せはないでしょうに」 力は大きければ大きいほど、手に入れるために払う代償は大きなものになる。 「ソルクが以前言っていた。力は何でも生みだし、破壊するものなんだそうだ」 ジエンはずるずるとソファに沈み込むと、目を閉じた。
翌早朝、ジエン、キア、サルヴァの三人は、依頼人ザヒルの指定した場所、ギザでザヒルの到着を待っていた。 仕事を終えるまで、洸のことは棚上げするとジエンが昨夜決めた。
ろくに言葉の通じない洸。
自分の考えに沈み込んでいたジエンは、キアの声で我に返った。 「来たよ、ザヒル」 キアが指差す方向にランドバギーが見え、佇む三人の前に砂埃をあげて停止した。 「ジエンだ。右がキア、左がサルヴァ」 ジエン達が軽く頷く。 「ジエン、私の部下達だ。右からライ、ドーヴェル、ヒジだ」 ザヒルに紹介されて、部下達は軽く頭を下げた。 「行くか」 と、出発を告げた。 サメル族遺跡へ。
洸は神殿の中へ連れて来られていた。 見渡す限り瓦礫に埋もれた神殿。 サラは、洸を先に立たせ、神殿の奥へ導いて行く。 洸は後ずさる。 心臓を鷲掴みにされたような痛みが躯を襲う。
───ヤダ!ヤダ!!ジエン!ジエン!!!
二人の姿が床の穴に消えると、床は元のように閉じてしまった。 「ひっ!」 洸の息を呑む声がする。 青白い炎。 その炎に浮かんだそこは、整然と整備された地下へと続く通路だった。 「行って」 先へ行くことを促す。 まっすぐ緩やかに下る地下通路を通り、やがて扉の前に出た。 ノブや取っ手の類はない。 サラは扉に向かって左端のレリーフの一つに手をかざした。
血の色をした岩。
凄まじい邪気に洸は、悲鳴を上げた。 「怖いんだ。でも、逃がしはしない」 悲鳴を上げ、逃げようと暴れる洸を押さえつけ、サラは壁の中の人物へと近づいて行く。
───怖いよ!怖いよ!!ジエン!ジエン助けて!!
抑制のタガがはずれようとしていた。 『・・・助けて!』 洸の絶叫が響きわたった。
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