───ねえ、もう少しであなたに会える

待ってて、後少し・・・




Shrine 〜眠るもの〜




サラは、牢の隅に踞って眠っている洸を見下ろしていた。



”蒼い力”を持つ人間───本当にそうだろうか。



疑問が湧いてくる。

サラの知る力を持った人間は皆傲慢で、力を持たないものをまるで虫けらか何かのように見下し、蔑んでいた。
皆、力が全て、そう考えている者ばかりだった。
だから、持ちうる力以上の力を欲し、権力を欲して相争い、その身を滅ぼしていった。

サラの愛した人も大きな力を持っていたが為に望まぬ争いに巻き込まれ、封印されてっしまった。

力と権力の争いの中で星は荒廃し、人々は皆散り散りになり、トアに残ったのはサラと崩れた街と封印された愛しい人だけとなった。




時は音もなく流れ、トアはまた繁栄を取り戻していた。
サラの一族ではない別の雑多な星からの移住者達の手によって。
トアの歴史は風に消え、一族は銀河の人々の中に紛れてしまった。
サラは一人、愛しい人の解放を願って、封印を解く力を探し、待ち続けた。




やがて待つことに疲れ始めた時、彼に出会った。
闇の化身のような彼に。

「ご存じですか?”蒼い力”の伝説」

力を渇望する者全てが求めて止まぬ力。
それを手にすることは、全てを手にしたと同じ。
破壊し、生み出す力。
生み出し、破壊する力。

ある者は、銀河の中心にあるエネルギーの源に。
ある者は、ブラックホールの重力の底に。
ある者は、超古代の遺跡の中に。
暗黒星団の向こうに。

噂は噂を呼び、伝え語りは尾ひれが付き、歪曲され口の端に登る。
何が本当なのか、どれが真実なのか、誰にも解らない。
それでもまことしやかに囁かれる伝説。
それが、”蒼い力の伝説”。

「”蒼い力”を与えられた少年が今ここに、トアに居るとご存じですか?」

闇の色をした彼が言った。
そして、目の前に差し出されたのは世にも美しい少年の姿のホログラフだった。

蒼く閃く銀髪。
深い底知れないサファイアの瞳。
透ける肌、華奢な身体。

夢でも見てるような少年のその姿に不意に色が付いた。

蒼い銀髪に栗色が、底知れないサファイアが鳶色に、透ける肌が人のそれになり、幼さの色濃く残る少年になった。

「彼の名は洸。今この星に居るのです。この姿で」
「このトアに・・・」

巧みな言葉にいつの間にか引き込まれ、頷いていた。
手に入れるための計画は、闇色の彼が立てた。
言われるままに行動するその異常さに気付くことなく、”蒼い力”を持つと言われた少年を手に入れた。
だが、手に入れた少年はあまりにも弱々しい。
力を探れば確かにとてつもないエネルギーを内包した力の源を感じるし、それは確かにこの少年の中で息づいている。
それでも目の前で眠る少年が力を持っているようには見えないことにサラは嘆息するのだった。

「あんたが何ものでも、”蒼い力”を持っているのならその力使わせてもらう」

サラは眠る洸に告げると、牢の扉を開け、床に踞って眠る洸の側に寄った。

「起きて」

声をかけたが、洸は身じろぎ一つしない。
起きる気配もない。
サラは洸の腕を取った。
力を入れてその腕を引き上げた。
腕の痛みに洸が身じろぎ、瞳が開いた。

「起きて」

寝起きの意識のはっきりしない顔で洸は声のする方へ顔を向ける。

「起きた?」

その声にきょとんとしたが、意識がはっきりし、サラの姿に気が付いた途端、洸の顔は青ざめ、サラの側から身を引こうと暴れた。

「一緒に来て」

掴まれた腕を振りほどこうとする洸を引きずるようにして牢の外へ出た。
そこは洞窟で、牢はその洞窟の奥にあったことを洸は知った。
サラは洸の腕を引いて洞窟の外に出た。

夜明け前の空気が二人を包む。
洞窟は、山の中腹にあり、そこから、今登ろうとする朝日が見えた。

洸は何とか腕を振りほどこうと身をよじり抗う。
しかし、サラの力は強く、洸がどんなに抗おうともその手をふりほどけず、有無を言わさないサラに半ばぶら下げられるようにして洸は連れて行かれるのだった。











いつも以上に不機嫌な顔をしてジエンは、依頼人と会っていた。

依頼人は、考古学者で、名をシ・ザヒルといい、その姿はうらなりひょうたんの様な陰気な印象を与える男だった。

「依頼すれば何でもやってくれるというのは本当だね?」

落ち着かなげに手をこすり会わせてジエンに問う。

「ああ、まあな。内容次第だ」

それがどうしたと言わんばかりのジエンの態度に側にいるサルヴァとキアは目眩を覚える。
姿を消した洸のことが心配なのはわかるが、せめて依頼人にはもう少し愛想を振りまいて欲しいと想う。
断られると生活が成り立たない。
このところの洸中心の生活で財政は逼迫していたからだ。
この際、今回の依頼内容どんなものでも引き受け、もし、その内容がキアとサルヴァの二人で何とかなりそうだったら、二人でこなし、この不機嫌全開のジエンには洸捜索に専念してもらうつもりでいた。

「で、依頼内容は?」

ジエンの問いかけに依頼人、ザヒルは一枚の地図を広げた。

「これを見て欲しい」

広げられたのはトアの大陸の一つメサ大陸の地図だった。
今、自分達が居る大陸。
その地図には、そこかしこに赤いマーカーで×印が付けられていた。

「この山を見てくれ」

ザヒルは大陸のほぼ中央に位置する山を指した。
山の名はス・メサ。
標高二千メートルを超す山だった。
そこにも×印が赤で付けられて、ご丁寧にも丸まで付けてあった。

「このス・メサにトアの先住民だったサメル族の遺跡がある。 彼らの遺跡は皆、破壊された跡ばかりで考古学的な発見になるようなものは何もないと思っていたのだが、ここは最近になって発見された遺跡で他の遺跡に比べてずっと破壊の跡が少なく、貴重な発見が期待できる」

「サメル族って?」

キアがサルヴァに訊く。

「知らないわよ。この星の先住民だったって事ぐらいしか」
「そうなんだ」
「そうよ」

ジエンは地図に視線を向けたまま口を開いた。

「サメル族の遺産発掘が今回の仕事か?」
「そうだ。場所はス・メサの中腹にあり、先発隊が下調べをしたのだが、あまりのトラップの多さに無事に帰ってきたのは入り口でモニターを担当していた調査員だけだった」
「露払いか」

すっと、ジエンの銀灰色の瞳が細められる。
その表情の変化にザヒルは顔を引きつらせる。
ジエンの指摘が当たっているらしい。

「そうだ」

ぎこちなく頷くザヒルの様子からまだ、何か隠してる気がしたが、一分一秒でも早く洸の行方を探したいジエンは、この際目をつぶることにした。

「わかった。引き受けよう。但し、報酬は通常の二倍、危険手当付きだ」

ジエンの提示条件にザヒルは青ざめた。

「そんな法外な・・・」
「どうせ非合法なんだろうが」
「し、しかし・・・」

青ざめるザヒルを忍耐の紐がすでに切れて、着火寸前のジエンが睨み付ける。

「嫌なら他を当たってもらうまでだ」

話は終わりと、ジエンは席を立った。

「ま、待ってくれ」
「まだ何か?」
「わかった。その条件で構わない」

苦々しい顔でザヒルは承諾した。
キアとサルヴァは、ジエンの見え透いた手に言葉もなかった。
ジエンは座り直し、ザヒルと契約を交わした。

「で、出発は?」

煙草に火をつけながらジエンが訊いた。

「あ、明日の早朝、トア時間午前四時にこのス・メサ山の麓にあるゴーストタウン、ギザに来てくれ」
「わかった」

地図をたたみ、ザヒルは席を立った。

「では、明日」

ジエンは丁寧なお辞儀をしてザヒルを見送った。
キアがドアを開けて、送り出した。
ザヒルは憮然とした表情のまま、部屋を後にした。
ドアを閉めるなり、キアがため息を吐く。

「何だ?」

キアのため息をジエンは、聞き咎めた。

「あんたのやり方に呆れてるんだよ」
「何で?」

それがどうしたと、口調と態度が言っている。

「もう、いいよ」

キアは緩く頭を振ると、サルヴァの側に座った。
と、今まで黙っていたサルヴァが、興味津々といった顔で訊いてきた。

「ねえ、サメル族って、何 ?」
「トアの先住民族だ。今は世界に紛れちまってわからねえらしいが、大きな力を操る奴らだったらしい」
「能力者の民族?」
「だったそうだ。」
「ふーん。で、その大きな力って何?」
「”蒼い力”とも”碧の力”とも言われてようだけどな」

ジエンは、鼻の頭にしわを寄せた。

「”蒼い力”と”碧の力”って・・・ア、アキラとソルクの力ってこと?」
「ああ、あの二人の力のことだよ」
「そんな・・・」




”蒼い力”は、洸の中にあった。
”碧の力”は、ソルクの中にある。

他の誰でもない。
この宇宙を創造し、破壊する力を有しているのはこの二人のはず。

望まないのに与えられた力。
その力のために二人は、拠る術を失い、彷徨っている。
その力のために二人は、その命を危険にさらす。




言葉を失うサルヴァにジエンは頷く。

「なら、何でサメルが力を持ってるなんてことになってんのさ?」

納得できないと、キアが言う。

「伝説や噂は数知れねぇ。一々それに振り回される気はねぇが、アキラの存在もソルクの存在も知らねぇ連中にとっては、そう言われればそれを信じるしかないってことだ。それが真実と違っていてもな。そういうもんだろうが」

ソルクと知り合うまでのジエン達も、溢れかえる噂に翻弄され、何度失望しただろう。
それでも探し出すことを諦められなかった。
そして、今に至る。
ジエンの言葉にキアは、ただ頷くしかない。

「手に入れたい力ねぇ」

サルヴァは、理解できそうもないと首を振る。

「手に入れた奴らに幸せはないでしょうに」

力は大きければ大きいほど、手に入れるために払う代償は大きなものになる。
そんなことは、誰でも解っていそうなことなのに・・・
サルヴァは、ソルクの儚げで、全てを諦めたような笑顔を思い出していた。
洸とて全てを失って、一人この宇宙に放り出された。
サルヴァの知る限り、二人が幸せに生きているとは思えなかった。

「ソルクが以前言っていた。力は何でも生みだし、破壊するものなんだそうだ」
「じゃあ、今回の依頼人のザヒルも?」
「たぶんな」

ジエンはずるずるとソファに沈み込むと、目を閉じた。






翌早朝、ジエン、キア、サルヴァの三人は、依頼人ザヒルの指定した場所、ギザでザヒルの到着を待っていた。

仕事を終えるまで、洸のことは棚上げするとジエンが昨夜決めた。
情報屋のネットワークにエサをばらまいてあるので、トアにいる限り洸に関するどんな些細な情報も届くようになっていた。
この仕事が終わったらジエンは、どんなことをしても探し出すと、堅く決めていた。



ろくに言葉の通じない洸。
まだ、熱の引いていなかった躯。
姿を隠した理由は何なのか。
追っ手でもいるというのだろうか



自分の考えに沈み込んでいたジエンは、キアの声で我に返った。

「来たよ、ザヒル」

キアが指差す方向にランドバギーが見え、佇む三人の前に砂埃をあげて停止した。
ドアが開き、ザヒルとその部下達が姿を見せた。
ザヒルの部下は三人。
三人とも一目でわかるその道のプロだった。
その姿を見たジエンの背筋に悪寒が走る。

「ジエンだ。右がキア、左がサルヴァ」

ジエン達が軽く頷く。

「ジエン、私の部下達だ。右からライ、ドーヴェル、ヒジだ」

ザヒルに紹介されて、部下達は軽く頭を下げた。
それぞれの紹介が終わったと見たジエンは、

「行くか」

と、出発を告げた。
それぞれが、それぞれに乗って来たランドバギーに乗り、出発した。

サメル族遺跡へ。















洸は神殿の中へ連れて来られていた。

見渡す限り瓦礫に埋もれた神殿。
柱は崩れ、床は捲れ上がり、天井は穴があいて、日が射し込んでいた。

サラは、洸を先に立たせ、神殿の奥へ導いて行く。
崩れた神殿の最奥部に着くと、サラは洸を待たせ、どこかの隠しスイッチを入れた。
ゆっくりと重々しい音を立てて床が開いた。
そこに開いた穴から禍々しい気配が伝わってくる。

洸は後ずさる。

心臓を鷲掴みにされたような痛みが躯を襲う。
恐怖が吐き気を生む。
洸はなんとしてでも目の前の穴の中へ足を踏み入れないように踏ん張った。
しかし、抗う洸の力などものともせず、サラは洸を引きずって床に開いた暗闇の中へ入って行った。



───ヤダ!ヤダ!!ジエン!ジエン!!!



二人の姿が床の穴に消えると、床は元のように閉じてしまった。

「ひっ!」

洸の息を呑む声がする。
サラはふっと、前方に向かって息を吐いた。
それを合図に壁の両側に明かりが灯った。

青白い炎。

その炎に浮かんだそこは、整然と整備された地下へと続く通路だった。
サラが、洸の肩を押すと、

「行って」

先へ行くことを促す。
が、洸は立ちすくんで動かない。
サラはため息を吐くと、洸の腕を掴んで歩き出した。
洸は先へ行くことを拒んで足を踏ん張るが、サラの力に負け、半ば抱えられるようにして連れて行かれた。

まっすぐ緩やかに下る地下通路を通り、やがて扉の前に出た。
目の前の扉は木製で、その表面には見たこともないレリーフが施されていた。

ノブや取っ手の類はない。

サラは扉に向かって左端のレリーフの一つに手をかざした。
すると、扉は音もなく右へスライドし、開いた。
冷気が二人を打つ。 洸は躯が震え出すのを止められなかった。
サラは震える洸を扉の中へ連れて入った。
二人が扉をくぐると、どこかでスイッチが入ったような音がして、部屋に明かりが灯る。
その光に浮かび上がったのは、正面の壁に躯を半ば埋め込まれた人の姿だった。



血の色をした岩。
銀色の人間。



凄まじい邪気に洸は、悲鳴を上げた。

「怖いんだ。でも、逃がしはしない」

悲鳴を上げ、逃げようと暴れる洸を押さえつけ、サラは壁の中の人物へと近づいて行く。
洸は力の限り暴れた。
精神は恐怖に染まりつつあった。



───怖いよ!怖いよ!!ジエン!ジエン助けて!!



抑制のタガがはずれようとしていた。
洸の最奥部の扉が開こうとしている。
蒼い光が漏れだしてくる。

『・・・助けて!』

洸の絶叫が響きわたった。




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