何かに呼ばれたような気がして目が覚めた。

だるくて重い体を無理矢理起こして、部屋の中を見渡す。
ベットサイドのルームランプのオレンジ色の光に浮かび上がる部屋の中には、誰もいない。
洸は、軽く頭を振ると、倒れ込むようにベットに身体を沈めた。
熱に犯されて疲れた身体は、簡単に洸を眠りへと引き込んでしまう。
洸は少し苦しそうな呼吸をしながら眠ってしまった。



───来て・・・ここへ・・・来て、ねえ・・・・・




Summons 〜トア〜




ぱちっと音が聞こえるような、何の予備動作もなく洸の瞳が開いた。
さっき目覚めたときのような無理に身体を起こすのではなく、
まるで何かに惹かれるように何の予備動作もなくむくりと身体を起こし、
するりとベットから降り立った。
素足のまま洸は、部屋の外へと出る。

しんと静まりかえった家の中が、まだ夜明けにはほど遠い時間だと告げている。

洸はふと、小さく息を吐き玄関へ向かった。
鍵を開けて外へ出た。




夜風が家の前庭を吹き抜けてゆく。

薄いピンク色の月と黄金色の大きな月が中天に懸かって、
辺りを明るく照らしていた。
月明かりに浮かぶ風景は、風の音のみの静寂。
世界には自分一人しかいないのではないかと、錯覚を起こすほどの静けさが満ちていた。

洸は小さく身震いすると、歩き出した。











洸が倒れた星、トア。

ジエン達が、仕事の依頼主と会う約束をした星。
星間貿易の中継地点として栄える惑星。
雑多な人が集う、ジエン達の仕事に都合のいい場所。

動けなくなった洸のためにジエン達は、町はずれのコテージを一軒買った。
仕事でよく立ち寄る惑星なので、足がかりとなる場所を欲していたのも事実で。
格安で手に入れた為、町の中心からかなり外れた所にそのコテージは建っていた。
リビングと個室が五部屋、キッチンとバスルーム、地下に食料庫兼物置。
周囲は見渡す限りの草原。
何も遮るモノのない野中の一軒家。











申し訳程度の門を抜け、洸は何かに導かれるように草原の奥を目指す。



心に訴える声。



あの日まで聞こえていたあの、黒髪の美しい人の呼び声。
全てを失うきっかけを作った声。
始まりを告げた声。



その声が今また、自分を呼んでいる。



その声に導かれるまま、洸は歩みを進める。
二つの月が西の空に懸かる頃、草原に立つ人を見つけた。
月明かりの中、幻のように立つ人。
洸はその人影に引き寄せられるように近づいて行った。
近づく人影が、洸をゆっくりと見た。
洸の歩みが止まる。
見つめる先の人間は、立ち止まった洸に向かって頬笑んだ。

『・・・だ・・れ・・?』

誰何する洸の意識は、途切れた。













朝、ジエンはサルヴァとキアのけたたましい悲鳴で目が覚めた。

洸のことが気がかりで寝不足の身体にその悲鳴は、ジエンの機嫌を最低レベルに追いやるには十分な音量の騒音を有していた。
ずきずきと痛む頭を抱えるように自室のドアを開けたジエンは、慌てふためいて自分を呼びに来た二人とぶつかった。

「ってぇな、何だってんだ?」

事と次第によっちゃ、ただじゃ置かないと、暗に臭わせた不機嫌きわまりない声で訊く。

「ア、アキラが、いない!」

キアが掴みかからんばかりの勢いでジエンの腕を掴む。
キアに腕を引かれ、サルヴァに背中を押される。

「アキラがいないって?!」

何を寝ぼけたことを言って───言いかけた言葉をジエンは飲み込んだ。
二人に押し込まれるように入った洸に当てた部屋は、人の気配がしなくなってずいぶんと経った空気をジエンに与えた。

「何時からいない?」

ジエンの顔色が変わる。
洸の部屋から玄関に向かいながら、後を追うように付いてくる二人に訊く。
「今朝、様子を見に行ったらもういなかったのよ」

サルヴァが答える。

「俺が寝る前に様子を見に行ったときは、ちゃんと寝てた」
「何時頃だ?」
「日付が変わってすぐくらい・・1時ごろかな」

キアの返事に頷くジエンにサルヴァが言う。

「ベットは冷え切っていたから、その後出ていったのよ」
「キアは、ここに居ろ。サルヴァは西だ。俺は東。一時間毎に連絡を入れろ」
「わかった」
「西ね」

身支度を整え、玄関のドアを開ける。

「ジエン、今日は依頼人と会う約束・・・」
「三十分前になったら連絡をくれ」
「わかった。それと」

ジエンとサルヴァにキアが、毛布を差し出した。

「毛布?!」

怪訝な顔でキアを見やる。

「あの子、寝間着のまま素足で出ってるんだ。昨日まだちゃんと熱が下がってないから、早く見つけないとヤバイかもしんない。だから」

ジエンとサルヴァはそれぞれ毛布を受け取ると、洸を捜しに出かけて行った。













冷たさに目が覚めた。

『・・・ここは?』

身体を起こした洸の目に入ったのは、鉄格子だった。

『牢屋?・・・何で?!』

自分は確か、自分の部屋のベットで寝ていたはず。
それがどうして、何時の間にこんな所にいるのか。
何かを思い出そうと考えるが、何も思い出せない。
それでも、微かに誰かの声を聞いたような───



その時、ぞわりと肌が泡だった。



石を踏む音と共に、赤い血の色をした瞳の人間が現れた。

「目、醒めたんだ」

静かだが、どこかからかいを含んだ声で話しかけてきた。
洸は思わず後ずさった。

「僕が、怖い?」

あからさまな侮蔑を含んだ声で言う。
入り口からの光と目の前の人間が持つ灯りに照らし出された姿は、
人の形をしただけの生き物に見えた。
尖った耳、血の色の瞳、白髪、銀色に濡れたように光る肌──地球にいたトカゲにていた。

「蒼い力の人、やっと見つけた」

にっと笑った笑顔に洸は、凍り付いた。
全身に染み渡る恐怖。

「その力さえ有れば、あの人は甦る。必ず」

かたかたと体が震え出す洸の様子に赤い目を眇めた。

「怖いんだ。大丈夫、すぐに怖くなくなる。そうだ、君の名前を聞いておこう。僕は、サラと呼んでくれればいい。君は?」

サラと名乗った人間から受ける恐怖で答えることができない洸にサラは酷薄な笑み見せ、

「答えられないのならまあ、いいや。じゃあ、後でね」

のどを鳴らして笑うと、去って行った。
サラの姿が消え、その気配が消えもしばらく、洸は恐怖に震えが止まらなかった。
サラから受ける恐怖は、生理的、いや根元的なもの。
魂が覚えている恐怖。
目を閉じても、耳を塞いでも、心を閉ざそうとも覚えている恐怖。

『・・・・怖いよう・・・』

滲み出た涙はやがて頬を伝い、床にシミを作る。
洸は両腕で自分の身体を抱いたまま、少しでも安心できるようにと、小さく小さく身体を縮めて、牢屋の隅に踞った。













「アキラ──っ!!」

ジエンがアキラの名を呼ぶ。
見渡す限りの草原に、動く物の気配はない。

まだ体調は悪いはず。
言葉もまだ片言。
熱だってある。

「やっと、笑うようになったてぇのに」

ジエンは奥歯を噛みしめる。

「アキラ──っつ!!」

通るジエンの声が、風に乗って消えていく。
胸に沸き上がる不安。
何か起ころうとしているのか。
洸の身に何かあったのか。
焦りばかりが大きくなる。
歩いて姿を消したのなら、そんなに遠くには行ってないはず。
これほど捜しても手がかりさえ見つからない。
では、誰かに連れ去られたのか。
誰に?
嫌な予感。

「アキラ───っつ!!」

胸の内に沸き上がる不安を振り払うようにジエンは、洸の名前を呼んだ。




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