すっかり春らしくなりました。

寺院内の桜の木々も我先にとその艶やかさを競うように咲き誇っています。
その姿はまるで、ここに住まう大地の愛し子にその美しさを愛でてもらおうとしているようにすら思えるほどに。

夜が明ける時間もずいぶんと早くなって、冷え込みも緩んで楽になりました。
寝所の窓から覗く空は、この季節には珍しくとても澄んでいます。



そう、今日は悟空の生まれた日なんですよ。



本当はいつ生まれたのかなんて、誰も知りません。
本人も覚えていないそうです。
でも、今日、四月五日は、悟空の誕生日なのです。

この日は、三蔵様が岩牢から悟空を解放した日なのだそうです。
もう一度、この世に生まれ直した日だからだ、そうです。

二、三日前に嬉しそうに、話してくれました。

その話をしてくれる笑顔がとても幸せで、見ている私の方まで気持ちが幸せになりました。

本当に悟空がいるだけで、殺風景な風景が暖かくなります。
ささくれてしまいがちな気持ちが、柔らかくなります。
その幸せに自然に浮かぶ私の笑顔に、

「笙玄ってさ、いっつも笑ってるよな。にっこりってんじゃなくって、うんと…頬笑んでるっていうのかな?そんな感じ。優しくって、暖かいんだ」

そう言ってくれました。
私がいつも悟空の前で笑顔で居られるのは、悟空がいつも私の前で笑っていてくれるからなんですよ。

人の心は合わせ鏡。
幸せな心には、幸せが返ってくるんです。
だから、いつも笑顔をくれる悟空には、笑顔を返してしまうんですよ。




「ねえ、悟空?」
「何?」
「お誕生日は、たくさん悟空の好きなモノ作りますね。八戒さんや悟浄さんもお呼びしてみんなでお祝いしましょうね」
「…へっ?」

私の言葉に、悟空はポカンとした顔をしたのも一瞬、大輪の花が咲き誇るようなそんな笑顔を浮かべてくれました。

「いいの?ホントに?三蔵も一緒?八戒も悟浄も?笙玄も?」
「はい。みんなで是非」
「うぁぁ……」

それっきり言葉を無くして、うん、うんと何度も悟空は頷いていました。




考えてみれば、悟空のお誕生日を盛大にお祝いした事なんて無かった気がします。
この時期は灌仏会の準備で三蔵様もお忙しくて、悟空を一人にしてしまうことが多かったんです。
三蔵様は、お暇を見つけては四月五日は悟空のために何かしらなさっておいでだったのは知っていましたが、こんな理由だったとは気が付かなかった自分が悔しいです。
ですから、今年は是非、腕によりをかけて皆さんでお祝いをしましょうね。






さあ、朝餉の準備を始めましょう。

もうすぐ三蔵様が、起きていらっしゃいます。
今日は、きっと、悟空も早起きでしょうね。




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