悟空は三蔵と二人、三蔵のお気に入りの場所で夕方までのんびりと過ごした。

日暮れが始まる少し前、悟空は今朝、笙玄に言われた事を思い出した。

「さんぞ、さんぞ」
「何だ?」

桜の根元で柔らかな風に揺れる桜の花を見つめていた三蔵が、悟空の声に軽くその顔を顰めた。

「あ…あのさ、今日俺の誕生日じゃんか。で、八戒や悟浄を呼んで、三蔵と笙玄とでお祝いをしてくれるって。そんで、今日は早めに帰ってこいって、笙玄が言ってたんだ」

悟空の言葉に、ようやく三蔵は朝から落ち着かない笙玄の理由と妙に仕事が少なかった理由を知った。

「で?」
「だから、もう帰らなくちゃ」
「何で?」
「だって、俺の好きなモノたっくさん作ってくれるって言ってたし、八戒がケーキ焼いてきてくれるって言ってたんだって。だから…」

そう言いながら、悟空は三蔵の法衣を引っ張る。
その姿を見つめながら、三蔵は面白くなかった。

悟空の誕生日を知っているのは、自分だけのはずだ。
笙玄もまして、八戒や悟浄が知っているわけもない。
それが、どうして今年に限って誕生会を開く話になっているのだ?
三蔵は法衣を引っ張って、帰ろうと促す悟空の腕を掴んだ。

「な、何?」

驚く悟空を素早く自分の膝に抱き込むと、三蔵は悟空の黄金を正面から見つめた。

「おい、何で笙玄達がお前の誕生日を知っている?」
「へっ?」
「約束しなかったか?俺とお前の秘密だって」

三蔵の言葉に悟空の顔から血の気が引いた。

そう言えばそんな約束をしたようなしなかったような・・・・。
誕生日を決めてもらった嬉しさで、よく覚えていない。

「そう…だったっけ?」
「そうだったんだよ」

そう言う三蔵の声が低くなって、悟空は身の危険を感じた。
だが、逃げだそうにも身体はがっちりと三蔵に捕まっている。

「やっ…笙玄と話してて…話した…」
「で、こんな話になったんだな?」
「うん…でも、俺…嬉しかったから…だから…」

三蔵に悪いとしゅんとする悟空が、微かに潤んだ瞳をすまなそうに三蔵に向けた。
その瞳と姿が、捨てられた子犬のようで。
三蔵は天を仰ぎたくなった。

こういう姿の悟空にも三蔵は弱い。

考えてみれば、どんな姿、表情であっても弱いのだということではないか。
要するに惚れた方の負け。
惚れさせた方の一人勝ち。

三蔵は小さくため息を吐くと、悟空を膝の上から解放した。
そして立ち上がり、歩き出した。

「…さんぞ?」

困ったような声音で問えば。

「あいつらが待ってるんだろ?」

そう言って、小さく三蔵が笑った。

「うん…」

その笑顔に悟空は、見惚れる。
うっすらと頬を染めた悟空に三蔵はもう一度笑いを零すと、背を向けた。

「置いてくぞ」
「あ、待って」

小走りに追いついてきた悟空が三蔵の腕を取ったその時、一陣の風が二人の周囲を回り込み、空へと吹き上げた。
その風に誘われるように風の吹いて行った方へ目を向ければ、風は桜の花びらを夕焼けに染まる空へと舞上げ、沈む夕日の最後の光がそれに輝きを送る。
それはまるで桜の花の祝福。
大地が慈しむ子供の誕生を喜ぶように。

「…きれぇ…」
「…ああ」

二人は寄り添うようにその舞を見つめ、やがてお互いを見交わして頬笑むと家路についた。




神苑の門を抜け、寝所の入り口の大扉の前で、三蔵は足を止めた。
そして、どうしたのかと不思議そうな悟空の耳元に唇を寄せると、そっと呟いた。
途端、悟空の顔は熟れたトマトのように瞬時に、真っ赤に染まる。
その顔に、人の悪い笑みを浮かべた三蔵は、かすめるように悟空の唇に口付けた。

「さ、さんぞぉ…」
「約束だ、サル」
「バカ…ぁ」

困り果てた声で三蔵を呼ぶ悟空をそこに残し、三蔵は大扉を潜った。






お前がいるだけで、世界は明るい。

お前がいるだけで、幸せを見つけられる。

生きている喜びを、出会えた喜びを

お前が生まれてくれた奇跡を

世界の全てに感謝を込めて─────




end

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