…お前はあのチビの太陽でいられるか?
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愛しき君へ (1) |
蓮の花の咲く池を巡る回廊。 朱塗りの柱、手すり、窓。 散ることのない満開の桜と朧な青空。 退屈な毎日。 ただぼんやりと何も考えずに生きていた。
夜明け前の薄ぼんやりとした明るさの中、三蔵は目が覚めた。 「何なんだ…一体…」 夜明けの最初の光が、傍らで眠る愛し子の顔を照らす。 「大きくなったんだな…悟空」 無意識に零れた言葉に三蔵は己が目を見張った。 「俺は…」 湧き上がる訳の分からない想いに押し潰されそうになって、三蔵は両手で顔を覆い息を詰め、身動きができなかった。
広間の床に枷と鎖に繋がれた悟空が座らされていた。 「何か喰わせてくれるって言ったじゃんか」
コイツは昔も今も食い物で簡単に釣れやがる。
苦笑を漏らしていると、悟空が三蔵の傍らへ近づいてきた。 「あんた綺麗だ。きらきら光って太陽みたいだ」 そう言って幸せそうに悟空は笑った。
こうしてお前と出会ったんだ。
退屈な日々が鮮明な色に塗り変わった瞬間だった。
誰の記憶だ…?
「…ぞ、…んぞ、三蔵ってば!」 肩を掴まれて三蔵は目が覚めた。 「ご、くう?」 何処か上の空の三蔵の様子に悟空は眉を顰め、三蔵の顔を覗き込んだ。 「大丈夫だ。どうした?」 頷いて、しゃんとした瞳を向ければ悟空の顔に安堵の色が広がる。 「敵が来るから…」 悟空の返事に頷いてもう一度見やった悟空の顔が、一瞬、夢の中の幼い悟空の姿と重なった。 「さんぞ?」 小首を傾げていつもと何処か様子の違う三蔵を伺えば、不意に三蔵の手が頬に触れた。 「おい!二人の世界は後回しだ」 悟浄と八戒の緊迫した声音に悟空の身体が震え、するりと悟空が三蔵の手の中からすり抜けた。
「何で…」 泣きそうに顔を歪めて、悟空はジープの後部座席に横たわる三蔵を見下ろしていた。 いつもの襲撃で、手強い敵などいなかった。 だが、あの時、悟空を庇った三蔵の行動は無意識だったのだ。 「何で、あんなこと…」 八戒が施した治療で傷は粗方塞ぐことが出来たが、予想以上に出血が多かったのか、意識が戻らない。 三蔵が治療中に気を失う寸前、 「無事…か?」 と、笑った。 「無事だけど…だけど…」 そう言って青ざめる悟空の頬に触れて三蔵は「よかった…」ともう一度、笑って気を失った。 「大丈夫ですよ。傷は全て塞ぎましたので、安心して下さい」 震える身体を叱咤して三蔵を運んだ。 「死んだら許さないかんな…」 ぐっと、唇を引き結んで悟空はこぼれ落ちそうになる涙を堪えた。
「金蝉!金蝉!!」 薄れていく意識の向こうで、幼子が泣き叫ぶ姿が見える。 「…無事に…」 伸ばした手が触れた頬は濡れて温かかった。 「やだ!やだっ!」 小さな手が血塗れた金蝉の手を握りしめる。 「な、泣くな…サル」 濡れた黄金に笑いかけ、友人に頷く。 「さあ…悟空」 傍に居たいと動かない背中を押されて、覚束ない足取りで部屋を出てゆく。
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