──僕らはきっと、望んでしまっているんでしょうね、あの子の笑顔を… ああ、そうだな…
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愛しき君へ (8) |
荒れ狂う想いの渦に、哮り狂う力の奔流に幼い身体は耐えきれない。 幼い世界を構成する根幹を失ったがために、抑制は無意味と化す。 弾け、砕け散った戒めの欠片を踏み砕いて、幼い獰猛な獣はのたうち回る。 「…どうか、私に免じて…どうか…」 苦しい息の下、子供が願う。 「どうか、観世音菩薩……どうか…」 大気に満ちる慟哭に青ざめて、震える指先を差しのばして。 「どうか、あいつを……」 跪き、蹲り、許しを請う罪人の様にひれ伏して。 「……どうか、あいつが安穏であるように…」 幸せな時間を引き替えにしても、己が心を差し出しても失いたくなかった。 のたうち、暴れ回る幼い獣はやがて地上に落とされ、封印された。
「…さんぞ…?」
気が付けば何も思い出せなくて。 誰も側に居なくて、誰の温もりもなくて。 それでも振り返った視線の先は明るくて。
「さんぞ…どう、し…」
切り取られた空は青くて、高い。 呼ぶ名前はなくて、思い出す面影もなくて。
「──おい、俺のことを呼んでたのはお前か?」
ずっと一人で。
「しかたねえから連れってやるよ」
伸ばされた手がどれ程嬉しかったか。
「…ッ…ぁあ…さ…ぞ……」
焦がれ続けた太陽よりも眩しくて、憧れ続けた空よりも広い世界をくれた。
「三蔵───っ!!」 悟空が身を起こした寝台に上半身を預けて意識を失った三蔵のシャツを握りしめて、悟空は声を上げた。 「三蔵!三蔵──っ!!」 どれ程悟空が揺さぶっても三蔵の意識は戻らない。 「…ッ…ぁうっく、あ…さんぞ、目ぇ開けて…れよぉ…さ……ぞ…」 悟空が揺さぶる所為で、少しずつ三蔵の身体は寝台からずり落ち、やがて悟空共々寝台から転げ落ちた。 「さ…んぞぉ…ぅぇ……」 遂に、悟空は手放しで声を上げて泣きだしてしまった。
「あ、起きた」 開いた瞳に飛び込んできたのは嬉しそうに綻ぶ金色の宝石だった。 「…ぁ?!」 まだ何処か寝ぼけた感じの金蝉を悟空は軽く揺さぶる。 「なあ、これ見て」 目の前に差し出された小さな手に握られているのは白ツメ草を丸く編んだ花輪だった。 「お前が作ったのか?」 問えば、誇らしげに幼い容は輝く。 「うん!上手くなったでしょ?」 手渡された花輪は少し歪ながらも綺麗な輪に編まれて、微かに甘い薫りがした。 「それ金蝉にあげる」 頷けば悟空の笑顔は益々輝いて、とびっきりの笑顔になった。
お前は本当に幸せそうだな…
そんな悟空に仄かな苦笑を滲ませて、金蝉は悟空の頭を掻き回した。
お前がいつでも笑っていられるように、俺はお前を守らなくてはな
常春の陽差しの中で金蝉は己に誓うのだった。
泣くな。 俺が黙って出掛けた時。 不安と恐怖に、一人の孤独に。 その大きな金瞳からボロボロと大きな雫を零して。 やれ、鳥がケガをした。 季節の移ろいに、人の思いに。 お前は自分の為じゃない時に、泣きやがる。 泣くな。
ガンガンと頭に響く声なき聲に三蔵の意識は引きずり起こされた。 「……ッ…煩い奴…」 悟空の涙でぐちゃぐちゃな顔と泣き腫らして赤い目元を見やって三蔵は小さく笑った。 見下ろす悟空の涙に汚れた顔は、拾った時と余り変わらずに幼い。 あの日、ジープの上でうたた寝をした時に見た夢から始まった、現のような夢と夢のような現実。 常に幼い悟空の傍らにいた金色の白い姿の人間。 幼い姿の悟空。 三蔵はそっとシャツの袖で悟空の濡れた頬を拭った。 「本当に、お前は今も昔も煩い…」 三蔵は軽く悟空の額を弾くと、そのまま目を瞑った。
───太陽はこいつだよ…
end |
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