君にこの聲が届きますように (8) |
ほんの短い時間、一緒に暮らしただけだった。 いつも何かに怯え、竦んでいた。 気を許した風でいて、どこか三蔵に対して緊張していた。 華奢で儚く、目の前にいても幻に思えるほど希薄な存在だった。 大切な兄が命を賭けて守ろうとした愛しい子供だからと言うわけではなかった。 悟空が何をしてきたかなど、問題ではなかった。 「…悟空…もういいから」 三蔵は悟空の身体を抱きしめ、風の緊縛を解いた。 「……!!ぅぁあ…ぃあ」 途端、三蔵の腕から逃れようと悟空が暴れる。 「もう、終わった。もう、お前を脅かす奴らはいない。だから…」 三蔵は腕の中で暴れる悟空と一緒に転がり、今度は三蔵が悟空を組み伏せた。 「悟空…!」 言葉にならない獣の呻り声を上げる悟空の名前を三蔵は、何度も呼んだ。 「もう、大丈夫だ。怖くないから、悟空」 三蔵の腕から逃れようと、悟空は背一杯首を伸ばして三蔵の手に噛みついた。 「悟空…もう、怖くない。怖くないから…」 もう何を言っても自分の声は届かないのだろうか。 「もう誰もお前を傷つけたりしない。怯えなくても、怖がらなくても大丈夫だから…悟空」 カランと、渇いた音を立てて悟空が握っていた刃がその手から落ちた。 「ご、くう…?」 大人しくなった悟空の顔を覗き込んだ三蔵は、息を呑んだ。 「…悟空…お前……」 獣の呻り声に聞こえた声に、はっきりとした言葉が混じる。 「悟空」 正面から悟空の瞳を覗き込めば、濡れた金眼が揺れる。 「…さん…ぞぉ…た…けて…」 舌足らずな涙に濡れた声が聞こえた瞬間、三蔵は組み伏せていた悟空の身体を抱きしめたのだった。
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怖かった。 やっと出逢った綺麗なあの人に助けて欲しかったのに縋ることさえ出来ず、頑なに心を閉ざした。 その温もりに触れると、自分が犯してきた行為全てを許されているような錯覚さえ抱いてしまうほどで。 「…っく…さんぞ…さんぞぉ…」 力無く下ろされていた悟空の腕が抱きしめる三蔵に縋りついた。 「悟空…」 何度も三蔵の名前を幼子のように呼び、悟空は泣きじゃくった。 悟空は三蔵の腕の中で、今までの恐怖を洗い流すように泣き続けた。 どれほど泣いただろう。 「さて、帰るか」 強張った身体を伸ばし、三蔵はぽんと悟空の頭を叩いた。 「…ぁ…俺、えっと…って!」 一緒に居ても良いのかと、この期に及んで逡巡する悟空の鼻を三蔵が力一杯摘んだ。 「帰るんだよ。お前の家はあそこだ。誰が何と言おうとお前の帰る家は、あそこなんだよ。文句があるなら帰ってから存分に聞いてやる」 悟空の顔を覗き込んで告げる三蔵の言葉に、 「…いいの?」 赤くなった鼻を押さえて、悟空が泣きそうな顔で問えば、 「嫌でも連れて帰るさ」 そう言って、三蔵は、尚も何か言おうとする悟空の身体を抱き上げることで黙らせると、風に乗った。 「ありがとう、三蔵」 頷いた三蔵に、出逢って初めて、晴れやかな悟空の笑顔が返った。
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