下界の異変は、天界の知ることとなった。大地の慟哭。
子供の慟哭。
大地の嘆きは、そこに棲む全てのものを巻き込んでゆく。
天界から見下ろす世界は、吹きすさぶ嵐の前に荒廃への道を辿り始めていた。
大地の荒廃は、その属する世界の荒廃に繋がる。
天界とて、その影響を受けない訳にはいかなかった。
揺るぎは歪みを生む。
歪みはバランスを崩す。
それを正すために天界は、動いた。
荒廃の様子を見聞し、異変の元凶を収めよと。
雲を下ろし、行者は荒れ狂う大地に降り立った。
見渡す世界は、身を刺すような痛みを伴う悲しみに満ちていた。
行者は、何がこの荒廃を招いているのか、気を凝らし、大地母神に呼びかけた。
しかし、答えはなく、悲しみだけが伝わってくる。
その悲しみを招いたのは、何なのか。
伝わる悲しみをかいくぐり、行者は大地母神の心へと迫った。
そこに見た物、それはかの日、幾星霜、日月の気を浴び、大地がオーラが集結してこの世に生を受けた子供だった。
大地がその全霊を賭けて愛する子供。
大地母神が愛し子。
黄金の瞳を持つ、異端なる生命。
その子供が、全ての元凶と知った。
行者は、子供の姿を探して、荒れた大地を駆けた。
子供は、そこにいた。
生まれ出た子供を優しく受け入れた村に。
野党に皆殺しにされ、焼け落ちた村に。
悲嘆にくれる幼子が、そこにいた。
迸り、溢れ出る力をその悲しみのままに、その怒りのために使う子供。
今は、殺戮の喜びさえその身に纏う幼子。
ゆっくりと荒れ狂う大地に行者は降り立ち、殺戮の歓喜に震える幼子と対面した。
向き合う行者の心に流れ込むのは、子供の慟哭。
向き合う行者の目に触れるのは、殺戮の歓喜に頬笑む子供の姿。
幼子の強大な力は、災いを招く。
この力は封じなければならない。
行者は、神器を構えると、ゆっくりと身構えた。
身構えた行者から立ち上る闘気に、子供はにいっと、口元を歪めて笑った。
「そなたの力、我が封ずる。もって天界へ連れゆかん!」
戦いが始まった。
二人の闘いに荒れ狂っていた大地が、息を潜めた。
子供の繰り出す攻撃を行者は、受けては流し、攻める。
行者の攻めようは子供を翻弄する。
風を巻き、雨を呼び、雷鳴が走る戦いは、三日三晩続いた。
子供は全身全霊を持って抗い、行者はその渾身の通力を持ってねじ伏せた。
「オンマニハツメイウン!我、この真言を持ってこの魂を封ず。釈迦尊者よ、我に力を!!」
遂に、子供は行者の力に屈した。
その証の金鈷。
ねじ曲げ、歪められた憎悪と怨嗟、殺戮への歓喜と喪失の慟哭。
全てを金鈷の元に封じられた。
「・・・・祥・・・」
意識が途切れる寸前、子供は愛しい青年の顔をそのつぶらに見た。
それが、最後。
ゆっくりと子供は倒れ、行者がその身体を抱き留めた。
「大地母神よ、そなたの愛し子は天界に連れ行く。黄金の瞳は古来より吉兆を表す。だが、この幼子は地上に災いしかもたらさぬ。故に天界に置く。納得されよ」
行者は、静かなしかし、反論を許さない鋼の声でそう告げると、雲を呼んだ。
雲にのる行者に向かって大地は、子供を取り返そうとその手を伸ばす。
が、全ては弾かれ、行者は天界へと帰って行った。
大地は泣いた。
風が、連れて行かせるものかと、その身を引いた。
水は荒れ狂い、申し子達はすがりついた。
行者はその全てを振り切り、弾き返して天界の門を目指した。
それはまるで、腕の中で意識を失っている子供を大地から守るように。
その後、長きに渡り、地上に暮らす全てのものに辛い時代が続いた。
天界に連れて行かれた子供は、目覚めた時、何も覚えてはいなかった。
ただ、大地に愛され、楽しかったことだけは覚えていた。
行者は、そんな子供に慈愛のまなざしでそれでいいと、頷いた。
やがて子供に笑顔が戻った。
この天界で子供は、おのが太陽と出会う。
全ての始まりを告げる出会い──────
end