子供は祥に懐いてる妖怪の子供として、水簾の村に受け入れられた。
その無垢な魂のままに───



金色の幼子 (2)
祥と知り合ってから子供は人の言葉を覚えた。
人の様々な営みを知った。
様々な感情を覚えた。
だが、子供は変わることなく大地に愛され、穏やかに育まれ、その無垢な魂は汚れることはなかった。




子供は初めて出会った祥に懐いており、祥が山にいれば山に、村にいれば村に、いつも祥の側を付かず離れず一緒にいた。
祥が仕事をしている間、子供は申し子達と遊んでいた。
明るい日差しの中、大地の申し子達は子供の側を離れなかった。

”人の世界は楽しい?”

「うん、楽しい。珍しいものや面白いものがたくさんあって、みんな優しいんだ」

”大丈夫?”

「うん」

幸せそうな笑顔を申し子達に向けた。
祥が収穫を抱えて子供の元へ戻ってきた。

「祥」

子供は嬉しそうに近づいてくる祥に向かって手を振った。
申し子達は祥の姿を認めて姿を隠してしまった。

「坊ず、今日は終わりだ」
「終わり?」

祥の言葉に子供は小首を傾げた。

「ああ」
「何で?」

祥は子供の前にしゃがみ込むと、その無骨な手で頭を撫でてやる。
子供はくすぐったそうに首を竦めた。

「今日は、郡役人の見回りの日だからさ」
「ぐん・・やく、見回り?」
「ああ、煩いのが来るんだよ」

きょとんと祥を見上げる瞳が午後の日差しに金色の光を放つ。

「お前はもう家に帰れ。いいな」
「村に行っちゃダメ?」
「今日はダメだ。明日な」
「何で?」
「何でもさ」
「わかんない。でも、祥がダメって言うんなら行かない」
「それでいい」

祥は子供の頭をもう一度撫でると、立ち上がった。

「じゃあな」
「うん」

軽く手を上げ、祥は村に帰って行った。











椎の大樹の下で子供はまどろんでいた。
健やかに伸びた手足を広げ、大樹の根元に大の字になってうつらうつらしていた。
と、その耳に届いた微かな声に目を開けた。

「何?」

森全体がざわざわと波立っていた。
背中から大地の警告を聞く。

「どうしたの?」

躯を起こして、周囲を見回した。
風が血の匂いをその躯に纏い付かせて子供の前を過ぎていく。

「血の・・・匂い?」

立ち上がると空を見上げた。
今まで明るかった日が陰り、森に大地に山全体に警戒を呼びかけていた。

「・・・な・・に?」

子供の心臓が早鐘のように胸を打つ。
その息苦しさに子供は胸を掴んでもう一度辺りを見回した。
が、ざわつく森の気配しか感じられない。
それなのにこの胸騒ぎは何なのだろう。
子供は何を思ったのか、背後の椎の大樹に登り始めた。
見てる間に大樹のてっぺんに顔を出した。
強い風が子供の大地色の髪を吹き上げる。
さっきよりも強い血の臭い。
子供はぐるりと周囲を見渡した。
黒い煙が上がっているのを見つけた。

「・・・あれは、水簾の方だ!」

煙は確かに水簾の村の方角から上がっていた。

「祥!!」

子供は椎の大樹のてっぺんから飛んだ。
その躯を大鷲が捕まえると、空へ舞い上がった。











水簾の村は大地の愛し子と知らず、妖怪の子供として子供を受け入れた。

この時代、妖怪も人間も関係なく、皆等しく平和に生活を営んでいた。
水簾もそうした村の一つにすぎなかった。
祥が花果山で会った子供を受け入れるまでは。

村が子供を受け入れた。
村は子供に言葉を教えた。
村は子供に人の心を教えた。

そのことが大地母神をいたく喜ばせることとなった。
大地は子供を受け入れた村に恩恵を与えた。
豊かな実りと穏やかな暮らし。
村は富み、暮らしは安定した。
近隣の村や町との交流が頻繁になり、水簾の豊かさが話題になった。
人の出入りが増え、物資の量も増えた。
それでも人々の暮らしは以前と大差なく、村の時間はゆったりと流れていた。

そこを野盗一味に狙われた。

群役人の見回りが村を後にしたそのすぐ後。

さながら村は地獄絵図と化した。
家に火を放ち、若い娘は犯され、殺された。
老人から赤ん坊に至る他の者はなぶり殺しにされた。
そして、略奪の限りを尽くす。




村に降り立った子供が見たのは、切り刻まれ、血塗れになった祥が倒れ込む姿だった。
子供の金の瞳はこれ以上ないほどに見開かれ、ぎこちなく開かれた口から悲鳴が漏れた。
悲鳴はやがて大きくなり、天空を、大地を切り裂いた。
子供の悲しみに大地が、空が荒れ狂った。

子供の悲鳴を聞きつけた野盗達がまだ生き残りがいたのかと子供の周囲に集まってきた。

子供は知った。
憎悪という感情を。
慟哭を。

子供を囲んだ野盗の一人が子供の頬に刀を向けた。
うつむいた子供の頬を叩く。
子供が恐怖で動けないと、下卑た笑いを浮かべてその顎を持ち上げた。
上げた子供の顔の燃えるような金晴眼に男は一瞬、息を呑んだ。

それで十分だった。

おもむろに子供はその男の腕を掴むと、捻り上げた。
男の口から苦鳴が漏れる。
子供は構わずそのまま捻り続け、骨の折れる音が聞こえた。
腕を捻り折られた男の口から悲鳴が迸った。
それを合図に野盗達は、子供に襲いかかった。






放たれた火は村を焼き尽くし、生き残った者はなかった。

子供は遅かったのだ。

失った悲しみと奪われた憎悪をその衝動のままに幼い心は暴走を始めた。
子供は屈強な野盗の男達をその幼い小さな手で引き裂いた。
返り血を浴びた血塗れの子供がそこにいた。
腕を引きちぎり、首をねじ切り、頭を果物を潰すように握りつぶす。
金の瞳は燃え上がり、口元には笑みさえ浮かべて、子供は野盗をなぶり殺しにした。




大地は子供の悲しみに同調し、荒れ狂った。
地は割れ、水は溢れ、空は翳った。




子供は失う痛みを知った。
そして、殺す喜びも知ってしまった。




村を襲った野盗は子供によって葬られた。
が、子供の破壊衝動はおさまらなかった。


木々を薙ぎ払い、己に近づくものを引き裂いた。
申し子達の命を奪い、人の命をも奪う。
母なる大地にすらその牙を突き立てた。

自分を傷つける愛し子を抱きしめるように大地がそのかいなを広げる。
その腕をすり抜け、子供は紅く染まった腕を振り上げ、破壊と殺戮を繰り返していく。

その心のままに。
傷付き、血を流す慟哭が止まない限り。


暴走する子供を止められるものはいなかった。




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