――identical 




ピチャリ、ピチャリ…と濡れた音がする。



殆ど感覚がしなくなった右の腕の辺りに、しきりに触れてくる濡れた感触。
失血のあまり、鈍い頭痛を起こしかけている頭を軽く振って、薄く眼を開いた。





 ――と。



見慣れたこげ茶色の髪の…、小さな躯が見えた。
グレイアウトした暗い視界の中に、赤い色だけが鮮明に映っている。

紅く血に染まった法衣の袖に口元を寄せて、一心にソコを舐めていた子供が――俺の意識が戻った事に気付いて――ゆっくりと顔を上げた。



紅く染まった口元に、…唇。

その薄い舌が唇に付いた血を拭う、ゆっくりとした動きがひどく淫らに映る。
幼さの濃い容貌に、似つかわしくない艶が滲む。

ギラギラと、暗い場所でも光を放つ金瞳がジッとこちらを見つめていた。





「…何、勝手に死にかけてんだよ?」

怒りを含んだ声が、その口元から漏れる。

だか、その中に滲んでいる泣きそうな気配に、知らず口角が上がった。
目敏くソレを見つめた子供は、眉を吊りあげた。



「――不可抗力だ」
「…嘘付け! 仕事先の寺院が用心に付けてくれた坊さんを撒いて、強引に山道に入ったんだろ?
 挙句に野犬に襲われておいて、よく”三蔵”なんてやってるよな?」
「…………野犬だけじゃ…ねぇ、よ…」
「――――知ってる」



(…なら、文句言ってんじゃねぇ)

ダルくて、口には出さなかったが――言わずともソレを察したらしい悟空の気配に、苛立ちが増した。




三蔵法師と知って、経文を狙ってくる刺客がいるのにはもう慣れていたが、今回はそれに加えて野犬の群れが出没するという報告のあった一帯にまで追い込まれてしまったのが不味かった。
――刺客相手に、弾を撃ち尽くした後だった。

そこを血の匂いに惹かれて現われた群れに、背後から襲われたのだ。
ザックリと、その牙で裂かれた腕からの出血に――次第に体の自由が利かなくなっていった。







「オマエの姿を見失った坊主が寺院に泣きついて来なきゃ、どうなってたと思うんだ?」
「………」

自分で応急の止血はしておいたが、まだ血が止まらない腕の傷と俺の顔とを睨みつけるようにして紅く染まった唇が俺を責める。
その子供の声が、妙に反響して聞こえる事が気になって辺りに視線をやった。




ゴツゴツとした、岩肌が見えた。
何かの大型獣が冬眠の時に利用した後の洞窟のようだ。

小さいながらもあの岩牢を思い出させる暗闇を避難場所に選ぶとは、随分無理をしたもんだ――と小さく息を吐いた。



この子供は、過去のトラウマのせいか、月のない暗い夜や、宝物庫や倉庫のような狭い密閉空間を今だに苦手としていた。
その恐怖心を押さえ込んでまで、野犬の群れから姿を隠す為に洞窟に逃げ込んだのだ。
――それ程、緊急事態だった…と言う訳なのだが。



今までの余裕のない言動や苛立ちでさえ、彼の必死さの表われだと思うと――こんな時だと云うのに、感じる優越感。
俺の事だけを考えて、俺だけを探し求めてこの山を駆けたに違いない。






――僅かな沈黙の後。



「…後、少ししたら雨が降る」
「……雨?」
「あぁ、そしたら水の匂いでアイツラの鼻も鈍るし、そのスキにこっから逃げるからな?」

苛立つ口調で子供が言った。




(あぁ…成る程、雨を待ってたのか…)

意識のない俺をこの場所に引き込んだ時と同じように、いつもなら強引に山を突き進んでいる筈の子供が、こんな洞窟に潜んでまで身を隠していた理由を理解して感心する。
確かに、コレだけ派手に血の匂いを撒き散らした男を担いだままでは、狂犬じみたあの獣の集団から逃げ切るのは難しい。
寺院までの距離を考えれば、尚更、余計な体力は使いたくないのだろう。




「…できるのか?」
「―――誰に聞いてる? 文句があるなら――言えないようしてから運ぶぞ?」
「いや…べつに、ねぇ…」
「……随分、…素直だな」

当然反論すると踏んでいた俺が、素直に首を縦に振ったのを見て僅かに金瞳を見開いている。
その姿を静かに見つめてから、俺はずっと気になっていた事を口にした。




「………お前、だれだ?」
「――――」

静かな問いに、深い沈黙が下りた。




「ふん……死に掛けていても、それくらいは分かるのか…」

金色の瞳をした子供はそう呟くと、薄く嗤った。
その額に、確かに金鈷が嵌められているのを確認して――俺は僅かに息を吐いた。

「……悟空は、どうした?」
「お前が血だらけで倒れているのを見つけた後、ショックで錯乱しかけたもんでな……、一時的に俺が眠らせた」
「……………そう、か…」
「おい、それだけか? 俺が誰か、もっと追求しなくていいのか?」
「――興味ねぇ…」
「ハッキリしてて…面白いなぁ、お前?」

そう云って、禍々しい赤を纏わりつかせたままの唇が笑みを刻む。



…恐らく。
腕を裂いていった野犬よりも、危険なイキモノ。




「だが…アレを不安にさせるな。そんな風に弱った姿を晒すな。動揺させるな。
あれ以上悲しませるなら――この手で殺すぞ?」

細い金の瞳孔が、剣呑な光を孕む。



「良いのか? ……俺を殺したら、アイツも後を追ってくるぞ」
「――――――」
「お前もソレを恐れたから、助けることにしたんだろう?」

例え、どんなに気に入らない相手でも。
それを失う事で悟空が苦しむのだとしたら、護るしかないのだろう。




悔しそうに歪んだ口元を、薄れる意識で確認して――これ見よがしに笑ってやった。







        ◇◇







「腕一本も動かせないような状態で、良く言ってくれる。…人間の癖に…」



カクン、と気絶するように目を閉じた金髪の男を暫く見つめた“存在”は――降り出した雨の音に気付くと、ゆっくりと立ち上がった。

俺が誰か――よりも、悟空に危害を加える気があるかどうか?

それだけを確かめた男の、血の気のない青褪めた顔を見下ろしながら――もう少し生かしておいても面白いな、と思う。





――何より。

さっきまで舐めていた甘い血の味を思い出して、ニヤリと笑った。







こんなに脆くて弱い癖に。
強いふりをして短い時を生きいそぐ。



…愚かで。






それでも、

生きようと足掻く姿が…







       ――ひどく、いとおしい。











 

2006年、9月3日

前々から書いていてみたかった、ちょっと危険な感じのする悟空(斉天)のお話。
93の日に便乗して書いて見ました!(笑)
(…なので、微妙に93風味気味)

悟空の中にいる、もう1人の彼。
斉天大聖でもあるかもしれない、悟空至上主義の存在。
護っている悟空が、三蔵を大事に想っている為に、不本意でも助けてくれたようです。(笑)
三蔵とは悟空を挟んでライバル的なイメージで書いてみました。

タイトルは自分でも読めないけど、←オイ!

identical 同一の、等しい――と言う意味です。(笑)

[identical twins]にすると、一卵性の双子と云う意味にもなるのが面白いかなぁ〜と。
 書いていても、ちょっと楽しかったです。

michikoさんが気に入ってくださったのを切っ掛けに、SSに昇格しました!
いつもありがとうございますv (
^^*)ノ
そして、続編を書くエネルギーも頂きましたvv

お礼にmichikoさんのみ、お持ち帰り自由です。・・・テヘ♪




 

<みつまめ様 作>

みつまめ様から頂きました。
この危険な悟空というか、金鈷をしたまま表面に出てくる斉天がもう、めちゃくちゃ私のストライクゾーン直撃で、一目惚れしたのです。
某所で初めて読ませて頂いて、もうすっかり虜な私。
いい迷惑なのに、こうして頂いてしまいました。
それも「続編」とセットでv
この悟空が大事でしかたない「彼」は三蔵が邪魔で、邪魔で、殺したい程だったりします。
けれど、「悟空」が誰よりも、何よりも三蔵を大事に思っているので、手が出せない。
三蔵を助けるのは「悟空」のためで、本人にとっては物凄く不本意で、腹の立つことなんですよね。
そのジレンマと三蔵への嫉妬で、いつも隙を狙ってる彼が愛おしいです。
みつまめ様、本当にありがとうございました。
私は、幸せですv
一緒に頂いた続編 「
identical U」は こちら からどうぞv

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