太陽のあたる場所
Side,悟空 ――その日も、いつもと変わらない、ただの一日が始まるはずだった。
ただ太陽が昇り、沈んでいくだけの何も無い一日。 ・・・だから、人の形を取って現れたその変化は急激過ぎて、まるで夢の中での出来事のようだった。
誰も訪れる筈の無い場所に、突然現れた人物。 ――何よりその眼の色と輝きの強さに、息が止まりそうになった。 明け方と、夕暮れのひと時だけに現れる空の色――今までも一番好きな色だったけど、自分だけに向けられたこの瞬間からは、特別な意味で大好きな色になった。
そして、自分をこの岩牢に繋ぎ止めていた戒めが弾け飛んだのだ。
その手に引かれるままに立ち上がって――俺は歩き始めた。
ただ、見ている事しか出来なかった、太陽が昇っていく処へ・・・。
何年かぶりに、歩く、感触。 地面の変化が直接足の裏に伝わって、新鮮な気持ちを味わえた。 ちょっと楽しくなって笑いかけた時、ふいに手を引いて前を歩いていた“その人”が振り返った。 「チッ、仕方ねーなー」 ・・・座って、何をするのかとぼんやり見上げると、着ていた白い法衣の肩袖の内側を破くのが見えた。 ・・・・・・驚いた。 思わず足を引っ込めようとしたら、 「大人しくしてろ!」 ・・・と、怒鳴られた。
そのままグルグルと布を巻きつけられて、その手の動きに見惚れていると、思い出したように聞かれた。
「聞き忘れたが、お前、名前は?」
「悟空?」
――その声を聞いた途端、体の中に熱い塊みたいなものが生まれた。
名前を呼ばれた、それだけなのに、震えるほど興奮している。長い間、誰にも呼ばれたことの無い名前だった。 ・・・知らなかった。 こんなに嬉しい事だったなんて!! 湧き上がるようなその熱に押されるように、記憶の中に仕舞い込まれていた言葉が溢れ出した。
「あのさ、あのさ! 空(そら)って言う字の“空”でね、こーゆー字の“悟”を書くんだって!」 こうして、自分以外の誰かと言葉を交わす事だって、もうずっと、ずっと忘れかけていた行為だった。 その指の動きを確認したその人は、感心したように 「――結構、頭の良い奴が付けたんだな。」 ・・・と言って、足を包む布の端を縛り終えた。 「?」 誉められたんだろうか? 「あんたは?」 「・・・・・・俺、か?」 妙な間があった。 「唐亜玄奘三蔵法師、だ。」 ――そう、言った。
何、それ?と思った。 長すぎる。・・・そもそも、名前らしくない気がする。 黙り込んだ俺を見て、「やっぱりな・・・。」と、溜息まじりに一人で納得している。
「三蔵、で、良い。」
嬉しくなってコクコク頷いていると、何故だか――また溜息を吐かれた。
Side,三蔵 ・・・意識する前に、溜息が出た。 「間抜け面」とは言ったが、どうやら――そのまま定着しそうだ。 強請られて教えた名前も、やはり覚え切れなかったらしく、困惑もあらわな様子で見つめてきた。・・・特に何かを期待したわけでは無かったが、この先が思いやられる――そんな予感がした。 「何処行くの?」 ――何しろ、この子供の格好ときたら、ホコリまみれでヨレヨレだし、どう見ても尋常じゃない。 このまま町を連れて歩きでもしたら、それこそ怪しい人物として役場に引っ張られるだろう。ヘタをすれば、誘拐の犯人扱いされるかもしれない。 ・・・これ以上の揉め事は願い下げだ。
禁足地と呼ばれた、五行山の麓に人目を避けるようにしてその宿はあった。 ・・・もともと、宿屋として泊まる客を当てにしている訳ではないらしい。自家の空いている部屋を、旅人に貸しているというだけの道楽にも似た、商売ッ気の無い所が気に入っていた。 この日も他に泊まりの客はいないらしく、主人夫婦も自家の畑の手入れをして、一日を終えようとしていた。 それが、今度は子供連れで戻ってきた。 ・・・その意味に、気が付かなかった訳でも無いだろうに、二人は三蔵を見て、安堵したように微笑んだ。
「無事で良うございましたな。」 「いらっしゃい。お名前は?」 そして、あっという間に警戒心を解いたらしい。優しく撫でられた頭の感触を、嬉しそうに楽しんでいる。
「何か食べたい? 好きな物、作ってあげましょうね。」 それを見て、嫌な予感に襲われた三蔵が何かを言う前に、婦人に抱きついていた。
――愛しそうに触れるその手が、少しだけ震えていた。
「先に、風呂を使わせて貰いたいのだが・・・」
(こんな姿を寺の連中が見たら、卒倒するかもな。) ・・・我ながら、慣れない事への戸惑いに溜息が零れた。
Side,悟空 山から下りると、程なく三蔵が言っていた「ヤドヤ」らしき建物が見えてきた。 ・・・庭に続く畑で、何かをしていた人物は二人。(何年かぶりに見た人間が、新たに記憶に加わった。) 中年の、年恰好も良く似た、仲の良さそうな二人だった。その内の一人は、頭を撫でてくれて、暖かい感じがした。 家の中に入ると、三蔵が「風呂に入れ」と言った。 何の事か忘れていたので、黙ったまま見上げたら、呆れた様に絶句していた。 とてつもなく熱く感じて、このまま煮殺されるんじゃないか?――とまで疑った。
Side,三蔵 ・・・眼は口ほどにモノを言う。 ――が、この子供の場合は、言い過ぎるのだ。
「入れ」と、いった浴槽の前で突っ立っているので、掛け湯をしてやったら物凄い悲鳴をあげられた。 やめて、お願いぃっっ! ・・・と、叫ぶ声が聞こえた気がした。
(一体、俺は何なんだ? まるで、残虐非道な事をしているみたいじゃないか。) 慣れない事を、親切にもしてやっているのに、この態度・・・。 ――ムカついたので、そのリクエストに応えてやろうと、『ひどい事』をしてやった。
荒布でゴシゴシと背中を擦りつけ、目に沁みて痛がるのも無視して髪も洗った。 (俺に逆らおうなんて、甘いんだよっ。) ・・・ぼたぼたと、髪から零れる水滴を拭いもせずに、俺は笑った。
Side,悟空 ―――死ぬかと思った。 やっと、岩牢から開放されたのに、結果がソレではあんまりではないか・・・。 必死の抵抗もむなしく、あちこち乱暴に擦られて、お湯の熱さに何とか慣れた頃、漸く平静を取り戻した。 ・・・そのまま、ポー―ッとして三蔵の髪から金色の雫が落ちるのを見ていたら、また不機嫌そうな表情になった。けど、何だかもう、どうでも良いような気がしてきた。
目の前に三蔵がいて、笑ったり、怒ったりしてくれる。
丁度、体を拭き終わった時に、さっきのおばさんが、「これを着ておきなさい。」と、新しい服を持ってきてくれた。 嬉しかったから、今度こそ!って思って「ありがとう」を言った。 三蔵が、ちょっと目を見開いてこっちを見たけど、「出来たからね。」と言われた食事に気を取られてしまった。 丸い机に並べられた食事をみて、お腹が空いたという感覚を、ハッキリと思い出した。
――食べ物が美味しいって、すっごく幸せだと思った。
これからも三蔵と一緒だったら、ずっとそう思うだろうなって、楽しくてたまらなかった。
Side,三蔵 「少し大きいかもしれませんが、良かったらどうぞ。」 ――大切に仕舞われていた物だったのだろう。 有難かったが、本当に良いのかと不安になって訊くと、「もう着なくなった物ですから。」と、淡い微笑みが返された。 ・・・それを見て、ふと、納得した。 こんな辺鄙な所で、宿をしている事も。 ・・・ここにも、かけがえの無い大切な者を、失ってしまった寂しい人間がいた、と云う事だ。
長すぎた袖口を折り返してやりながら、「ズボンの裾は後で直しておきますね。」と、夜着まで用意してくれた。 それを真似た訳ではなさそうだが、悟空が「ありがとう」と言ったので、少し、このサルを見直す気になった。
夕食は隣の畑で採れた野菜が中心の質素なものだったが、家庭的な暖かさが感じられるものだった。 ・・・・・・それにしても、良く食う。
ぎこちなく箸を動かして、一生懸命食べようとする姿は、微笑ましいと云えない事もないが、・・・迷惑だ。 ――それだけは感心した。
まだ食べ足りない様子の子供にこれ以上許すのは、一緒の席にいる自分の管理能力に疑いを持たれるかもしれない―――ので、何とか止めさせた。 そして、部屋に戻って、いざ就寝という時になって、又も頭の痛い事をしてくれる。 ・・・まぁ、今朝まであんな岩牢で寝ていた事を思えば、仕方ない事かもしれないが、鬱陶しい。 こっちは山登りと、さっきの風呂場の乱闘で、疲れているんだよ。――ったく。 かすかな寝息と、触れあった手が暖かかった。
――これで。
あれほど頭に響いていた、煩い声も――。
静かになるんだろうか?
《続く》 |
何もかもが懐かしい・・・。(苦笑)
一杯、弄り倒したかったのですが、あえてほんの少しだけにして後は原文(オイ;)のままです。
――2001年、春。
PCを買った私が嬉しがって、ワードの練習用に書き始めたもの。
どうやって二人の事を書けばいいのか全然分からなかったので、まったく別パートに分けてみました。
・・・が、とても成功しているとは思えません。(でも一話にするだけの力はなかった;)
文章にしても、ヘンなのが分かるので、その点に関しては・・・見逃してくださると助かります。
では、もう少し続きます。 ヨロシクv(恥ずかしい・・・。)