太陽のあたる場所




     Side,悟空

 あ〜ぁ、まだ眠たくないのに、と思った。

それに、用意された寝床は、フカフカして気持ち良いんだけど、なんか足が地に付かないっていうか・・・。



  ・・・・・・本当に此処で寝ていいのかなぁ?

落ち着かない気分で、三蔵の様子を窺った。
すると、寝やすそうなシャツに着替えていた三蔵は、面倒くさそうにやって来ていきなり毛布を押し付けた。

「明日も早いんだ、さっさと寝ないと置いてくぞ!」と、言われて、

(・・・なんだ、明日もついて行って、いいんだ!)――そう思ったら、安心した。

寝て起きたら、あれは夢だった――じゃ、無いんだよな?



   あぁ、良かった。



 なんだか・・・急に気が抜けて、眠くなった。

毛布を被せている三蔵の手に、少しだけ自分の手を重ねてそっと目を閉じた。



   その日、初めて「明日」が来るのを待ち遠しい、と思った。






 次に眼が覚めた時、まだ辺りが暗かった。

もたれていた壁が、いつもと違う感触なのに気が付いて、薄暗闇の中、ボーっと辺りを見渡すと――三蔵がいた。
正確には、寝ている三蔵が見える位置で、床に丸まっていたみたい。
・・・ベッドから落ちた覚えはないから、無意識に隣のベッドに近づいて、寝直したみたいだ。(慣れてるから、何とも無いけど。)
静かな部屋に、自分のだけじゃない他人の息遣いが聞こえて、言いようの無い安心感が体中に広がった。



 昨日と同じなのに、同じじゃない――夜が明ける。

そのまま窓を見上げて、暗い空の色が一番好きな、一番、綺麗なイロになるのを待った。









     Side,三蔵
 

「さんぞー、おはよう!!」

目を覚まして最初に聞いたのが、その声だった。
誰だったか・・・?と考える間もなく、ひょいと顔を覗き込まれて思い出した。

    ・・・・・そうだ、コレを拾ったんだ、と。

寝起きの耳にも、嬉しそうな色を隠さない声なのが分かる。
何がそんなに楽しいのか、俺を見ては笑う。



―――今まで、こんな存在を知らなかった。

己が『三蔵』だと云うことだけで、へつらう様な笑顔を向ける連中なら良く知っているが、こんな風に何の警戒心も無く、『俺』を見るヤツがいるなんて・・・。

少しも似た所は無いというのに、何故か遠く薄れかけた師匠の笑みを思い出した。

妙な気分だった。 

・・・不快、とは違うんだが?



 ハッキリしないまま、髪を掻き上げながら体を起こして・・・ふと、気が付いた。




「お前、ここで何してる?」
確かに昨夜、ベッドに押し込んだはずなのに寝た様子が無い。

「――空、見てた!」
「いや、そうじゃ無くて・・・・・・。ひょっとして、ずっとソコにいたのか?」
「うん、そうみたい。眼ぇー覚めたら、いたから。」
ケロッとして言うが、床の上だ。
膝を抱えるようにして、うずくまっているのに呆れた。

だが、夜中にベッドを抜け出して近づいて来た気配に、自分は気が付かなかった・・・と云う訳か?

 ―――信じられない思いで、子供を見た。

・・・常ならば、それがどんなに些細な気配であっても、自分は察知できた筈だった。特に旅先ではその警戒心は強く、朝まで知らずに寝過ごすなんて、有り得ない・・・のに?
胸の内の驚愕を悟られたくなくて、不機嫌に視線を逸らせた。



   ・・・調子が狂う。



何か言いたそうに見ているのに気付いたが、「用意が出来たら、行くからな。」と、振り切るように立ち上がった。
慌てて後ろをついて歩く様子に、何となく・・・苦笑が漏れた。





一階の食堂に用意された食事は、朝食としては随分と多い量だった。

おそらく昨日の悟空の食べっぷりから推して、婦人が気を利かせてくれたのだと思う。
沢山作っておいたから、と婦人に言われた悟空が、嬉しそうに何度もスープのお替りしたが、今回は何も言わずにおいた。主人夫婦の厚意に、甘えてしまったのは気が引けるが、心からのもてなしだと分かる笑顔を、曇らせたくなかった。



  それに、明日からはこうはいかないだろうし・・・。





食後、変えの服にどうぞ・・・と言って、余分に用意してくれた悟空の荷物は、本人に持たせた。大きめの靴も、紐の部分で調節をして歩くには支障の無いようにした。

あれこれと世話をかけてしまい、さすがに気の毒そうな顔をしてしまった俺に、

「こうして、着て下さった方が供養になると、昨夜二人で相談しましたの。これも何かの縁ですわ。」

  ――そう、笑って言う。



 少し、明るさを取り戻したような笑顔が、悟空に向けられていた。



そして、まだ名残惜しそうに見つめる二人にお礼を言って、宿を後にしたのだった。









      Side,悟空

 朝食も、とても美味しかった。

今日は三蔵が何も言わないので、勧められるままにお替りをした。(大きな鍋を空にしたら、本気で呆れられたけど・・・。)
少しだけあった手回り品が三蔵の荷物で、俺は風呂敷包みを渡された。
靴は「こうして結べばいいのよ」と、おばさんが教えてくれた。(とっても歩きやすいv)

・・・元気でね、と頭を撫でられて、分かれるのが寂しいって云う気持ちが伝わってきた。
だから、最後にもう一度だけ抱きついて、「ありがとう」を言った。

 ―――やっぱり暖かくて、気持ちよかった。




「じゃあ、俺、行くね。」
大きく手を振って、三蔵を追い掛けた。

「何処行くの?」
「五月蝿い。黙って付いて来い。」
振り向きもしないで、三蔵が言う。

 ・・・本当は、何処だって良かったけど。 二人なら。



       歩き始めた先には、輝くような太陽があって――。

      その眩しさが、今日はとても暖かくて・・・幸せだった。









        Side,三蔵

  ―――実は、仕事が一つあった。

それというのも、あの五行山に登る気になった時、何日か寺院を留守にする理由として、『仕事の依頼があった』と、強引に他の予定を蹴って出てきたのだ。
鬱陶しい説法など、わざわざする気はなかったが、己の持っている称号がそれを許さない時がある。
仕事で缶詰にされそうになった時に、良く使った策を今度も使った訳だが・・・。

今回はそれが建前でなく、本当の依頼があったのだ。それを終わらせないと、寺へ戻る訳にもいかない・・・。
チラッと、広場の真ん中で立ち止まった俺は、キョロキョロと辺りに興味深々の視線を向けつつも、置いて行かれまいと必死で後ろをついて歩いていた悟空を見た。

問題は、その仕事が済むまでの間、こいつを如何するか? ・・・だった。
まさか、連れて行くわけにはいかないだろう。

「おい。」
「ん?」
広場の真ん中に作られた小さな噴水を見つめていた悟空は、すぐさま振り向いた。

「俺はこれから、ちょっと行く所があるんだが、お前は此処で待ってろ。」
「!」
努めて何でもない事のように言ってみたが、悟空の反応は悲壮だった。まるで、捨てられる子犬のような目で、縋りつくような視線を向けてくる。



やっぱりな・・・。

予想は出来たが――放ってもおけず、懐から懐中時計を出した。

「待っていろ、って言ったんだよ。この時計の針がこの数字を指す頃には戻るから、ここで大人しくしてろよ?」
子供にも分かるように指で示してやると、難しい顔でジッと時計の針を見つめ、ついで俺の顔も見つめると、しぶしぶといった感じで頷いた。
もっとゴネるかと思っていたので、意外に素直な様子にホッとした。

「言っとくが、知らない人間に声を掛けられても、ついて行くなよ。面倒は御免だからな。」
それでも何処か不安そうな眼をするので、仕方なく持っていた自分の荷物を押し付けた。

「ほら、無くすなよ。」
 ・・・すると、漸く落着きなく揺らしていた金瞳を和ませた。 

  やれやれ、と溜息を吐きたい気分で背を向けた。



「ちゃんと、待ってるからっ、俺!」

歩き出そうとした時に、悟空が言った。
大きくは無かったが、困った事に、振り返りたくなってしまう・・・そんな声だった。



     ――調子が狂う。つくづく、そう思った。









         Side,悟空

    ぽつんと、いきなりまた一人になった。

三蔵が持たせてくれた時計というモノの針は、ちっとも進まないような気がして――耳を押し付けてみたらちゃんと音がする。

チェッと、舌打ちをして辺りを見た。

ここは、とても大きな町のようで、あちこちに見たことの無いモノを売っている店や、沢山の行き交う人がいる。
うっかり気を取られると、三蔵の背中まで見失いそうで、途中何度も慌てて追いすがった。
知らない物の方が多くて面白かったけど、こうして一人でいると、途端に詰まらない物に見えてくる。

 ――さっきだって、本当はついて行きたかった。

でも、待っていろと言われたのに、そんな事も出来ないのが分かったら、三蔵は俺の事が嫌になって置いて行ってしまうかもしれない。

置いて行かれる・・・そう思ったら、怖くて、何も言えなくなった。



 でも、―――大丈夫。

三蔵の荷物はここにあるから、絶対に戻ってくる。

そう何度も呪文みたいに繰り返して、通り過ぎる人波に目を向けた。昼食ならこの町に入る前に、持たせて貰ったお弁当で済ませた。だから、今は普通の生活を送る人にとっては、三時のおやつタイムかもしれない。(悟空はまだ知らなかったが。)

軽い、お菓子のようなものを売っている出店が多かった。
うららかな、日差しも心地よく、お昼寝をしても良さそうな天気だった。
悟空が目を留めたのは、そんな出店の中の揚げ菓子を売っている店だった。

甘そうな蜂蜜をかけて、薄紙に手早く包んだこぶし位の大きさの丸いそれを、子供や、母親らしき人間が買ってゆく。交換される小銭を見て、「お金を払って、物を買う」のがだんだん分かってきた。

 ・・・つまり、お金が無い自分には、買えないってことだ。

最初は「美味しそうだな〜。」って見ていたが、そのうち出店の主人の揚げる手付きとか、蜜をかけるリズムが手品のようで面白く、随分長い間、見入っていたらしい。
客の波もひと段落ついたのか、手を休めた店主が急に悟空へ視線を向けた。
突然目が合って、(あれ? もう終わりかな?)とボンヤリ考えた時、チョイチョイと、犬猫を呼ぶような手付きで手招きされた。

念のため、左右を確認してみたけど、自分を呼んでいるらしい。



「知らない人間に、ついて行くな」と言われたのを思い出したが、ずっと見ていた所為か「知らない」気がしなくて、つい近寄っていった。(勿論、荷物は忘れずに持っていった。)
近づくと、「ほら、やるから、持ってけ。」と、包んだ菓子を手渡された。

日に焼けた顔に浮かべた表情は、お世辞にも愛想は良くなかったが、嫌な感じはしなかった。
・・・乱暴に渡された、まだ暖かい包みを持って戸惑った。

 ―――どうしよう、お金を持っていないのに・・・。

そう考えたのが分かったのか、「良いから、行きな。」と今度は、追い払うみたいに背中を押された。
先刻からずっと悟空に見られていて、どうやら根負けした気分になっていたらしい。
もしくは、悟空の自覚の無い「美味そう」といったアツイ視線を感じて、居たたまれなかったのかもしれないが。
がっちりした体つきの店主は、仕方ねえなぁと、言いたげな苦笑を浮かべて、見上げてくる悟空に手を振る。
それを見て、ペコリと頭を下げると小走りに、元いた場所に戻った。

 ・・・へんなの。

さっきまで、じりじりと不安で胸が苦しかったのが、嘘みたいに治っている。



 嬉しくなって、三蔵の荷物と自分の荷物と――。 





     

             貰ったばかりの暖かいお菓子を、そっと抱き締めた。





                                        《続く》




この時に二人、別行動になるので分けたほうが書き易かったんだ!・・・と、今更ながら気がつきました。(笑)
同時進行のお話は、まだまだ難しいです;
でも、初々しい二人。
どうしたらいいのか分からなくて手探りでした・・・。(遠い目)

ちなみに、この揚げ菓子は、私の好きな「サーターアンタギー」がモデル。(^^)
昔の固いヤツが美味しかったんですよ〜。(今のは柔らか過ぎて、どうも・・・。)

順応力のあるのか、次々色んな物を覚えていっていますv

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