太陽のあたる場所




        Side,三蔵

 それから暫くの間、本ッ当〜に退屈しなかった。

大人しくしていてくれれば良いものを、一日に一度は騒ぎを起こす子供の後始末までしていたからだ。

・・・今日も何処かへ出歩いているのだろう。
一度迷子になったのが懲りたようで、一日に少しづつ移動しては部屋に戻って来れられるように覚えていっているみたいだ。
その努力は買ってもいいが、ついでに問題も起こしてくるのだからどうしようも無い。

立ち入り禁止のお堂に入り込んで宝物を汚したとか、供え物用に植えられている寺院の果実園の木から無断で果実をもぎ取って食べてしまったとか、登った屋根の瓦が落ちて割れたとか、大小様々な「本日の小言」が伝えられてくる。

・・・バカバカしくて全て無視しているが、苛立ちは隠しようが無くて、仕事まで進まない原因になっている。
しかも、あいつにはキチンと部屋を与えてやったのに、まったくそこで過ごした例がない。



――とくに、夜だ。



最初の夜のように、いきなり隣で寝ていられるのも精神衛生上良くないので、寝室も別にした――が、これはまったく無駄に終わった。

・・・気が付くと「いる」のだ。

さすがにドアを開けて入ってくるので、気付かずに寝入ったままでいる事は無いが、心臓に悪かった。

悟空本人の意識はないようで、急激な環境の変化のせいか?と考えてはみたが・・・――夢遊病とか云うものに近いのかもしれない。
ボンヤリとした、何の意思も持たない人形のような瞳をして三蔵の寝室にやってきて、俺の寝ている寝台の横に凭れ掛かるようにして、また眠りにつくのだ。

そのまま、朝まで自分の行動に気が付かないでいる。

故意にしている訳では無いので、対応に困った。
引き上げて同じベッドに寝かせる・・・というのは、一度したが最後、癖になりそうなので(悟空の方が、だ。)思い留まっている。
・・・三日目にして諦めた俺は、寝室にもう一つ簡易のベッドを運ばせて、そこで眠らせる事にした。

同じ部屋だし、お互い顔が見れる位置にいれば、夜中の奇行も治まると踏んだのだが、――甘かった!!

ドアが間にない分、朝になって目覚めるまで側に来て寝ている悟空に気付かない事が、更に苛々を募らせた。
野生動物さながらで、気配と言うものが無いのだ。
・・・いい加減にしろっ、と何度となく口を出そうになったが、自覚のないこいつに言っても――猿の耳に念仏だった。

つらつらとそんな事を考えていた時だった、『彼等』が現れたのは・・・。




「三蔵」様に面会を求めてくる人間は、ここに着任した当初はかなりいた。だが、当の三蔵自身が良い顔をしない上に、応対も氷のごとく冷たく素っ気無く・・・・・・人々が「三蔵」様に夢を無くすのに充分なものだった。

そうして今では寺院を通じて、断われないような事柄の時のみにしか、面会に来るような肝の太い者はいなくなった。
寺院としては広告塔として、是非とも広く『三蔵』様には表に出て欲しかっただろうが、それも最近では(この人に何を言っても仕方が無い・・・)と言った諦めムードが大半を占めていた。

 だから、珍しいな・・・という気分があった。



民間人が通される寺院の一番外側にある一室で、不機嫌な三蔵を待っていたのは先日、多大な世話になった宿屋の主人夫婦だった。

現れた三蔵に揃って椅子から立ち上がり、深々と頭を下げて挨拶をする。
この夫婦にはその厚意に甘えた記憶も新しく、自然と演技ではない丁寧な応対になった。

「・・・先だってはお世話になりました。今日は何か?」
緊張している二人にそう声を掛けて、質素な椅子に座る。

初め、切り出しにくそうにお互いの顔を見ていた夫婦が口にしたのは、意外とも、自然とも云える申し出だった。

「あの子供に行く所が無いのなら、自分達の所で引き取れないか?」

  と、云う――養子縁組の話だった。



 勿論、悟空が妖怪である事も気にしないと言った。
確かにあの時の様子から見ても、この二人の養子になる事は悟空にとって、良い事に違いない。
・・・事故で亡くしてしまった子供の代わりではなく、大切にしてくれるだろう事は疑うべくも無い。

 ――暫らく考えて、悟空本人に言い聞かせてから、また返事に窺う事を約束して一旦別れた。

二、三日は寺院の近くにある宿に泊まっている事を告げると、宜しく願いしますと、また深々と頭を下げた。



 三蔵は二人の去った門の前で暫らく佇み、今、胸に湧き上がる感情は何なのか。

    ――その正体を掴めないでいた。




 しかし冷静に考えると、これは良いチャンスだと云う事に気が付いた。
そもそも、自分は妖怪とはいえ、子供の面倒を見られるような立場では無いし、その経験も無い。

「三蔵」としての公務や私用がある所為で、殆ど野放し状態にして、寺院の連中に眉をひそめられているのが現状だ。

それに、たった一週間足らずで、ここまで気疲れしているのがいい証拠ではないか? 上手くいけば毎日新しい小言を、気に入らないジジイの僧侶から聞く日々から解放される。

何だ、喜ばしい事ではないか・・・そう、思った。

後腐れなく、手放してしまうなら「今」しかない。
 ・・・伸ばされる手を、まだ振り払えるうちに。



そんな、追い詰められたような焦燥感が、あの二人を見送ってから続いていた。




その日の晩、量だけならある寺院の質素な夕食を、戻ってきた悟空と二人で済ませた後、三蔵はあらためて私室に悟空を呼んだ。

そして、お前を養子に欲しがっている夫婦がいる――という話を、出来るだけ丁寧に説明してやった。

 ――だが・・・・・。



「何だ? 文句があるのか?」
「―――」
いつもは怒鳴りつけないと止めないくらいしゃべる子供が、ムッツリと黙り込んでいる。

さっきまで、今日あらたに見つけた建物だの、内庭の様子だのを事細かく話していた口は何処にいったのか?

説明を始めた頃からだった。
椅子に座った俺の前に突っ立ったまま、唇を噛んでいる。

「・・・・・・。いい加減にしろ。 相手はお前が妖怪だって構わない、大切にするから引き取りたいと言ってくれているんだぞ?」

――元来、気の長いほうではない。

すでにイライラとしはじめているのにも、こいつは気付いている筈だ。それでも何も言おうとしない。
座ったまま荒い仕草で足を組み直し、ありありと「不満」を浮かべている悟空を睨みつけた。

「お前だって、もう分かっただろう? こんな所にいたっていい事なんざねぇって。あの夫婦はお前を知っているし、俺と違ってしっかり世話もしてくれるだろうし、やる事にもイチイチ文句を言ったりしない。・・・聞かなくて済む筈の嫌味を、言われる事も無くなるんだぞ。」

  ――良い事だらけじゃねえか!

腹にわだかまっていた事柄を全て述べると、やはりコレが一番良い選択だと、確信がもてた。

・・・それなのに、まだ不満と不信を表わした金色の瞳が、責めるように見つめてくる。

 ――何だって言うんだっ!



あの岩牢で、一人きりで過ごしていた事を思えば、他のどんな場所だろうが、生きるには容易いことだろう?
こんな良い話は、二度と無いに違いない。
それを拒むだけの理由を、俺には見つけられない。



「・・・・・・っ、でも、」

生意気にも反抗する気配がした。

それがひどく気に触って、咎めるように机に拳を叩き付けた。

 ――ダンッ、という音が、広くもない室内に響く。



「何が不満だ?! ちゃんと分かるように言ってみろ!」
ビクッと薄い肩を揺らすと、顔を歪めてとうとう悟空はベソをかいた。

 だが、涙をこらえながらも、強情に首を振る。

「・・・だって、三蔵が、いなっ、い、じゃん。」
涙をこらえるあまり、突っかかりながらも必死になって声を絞り出している。

一瞬、何を言われたのか理解できなくて、何度もその言葉を反芻し、ようやく飲み込めた・・・が。

「・・・何を馬鹿なこと言ってい――」
「三蔵がッ、いないのはヤダッ!」
信じられなくて言い募ろうとした言葉は、悲鳴のような声に遮られた。

 ――まるで、駄々っ子だ。

呆れてものも言えない、とはこの事だ。

叫んだ事で気が緩んだのか、堪えていたはずの涙が金瞳からポロポロと零れて床に落ちていくのを、言葉もなく追う。
拳を握り締めて震えているくせに、視線だけは逸らすことなく俺を見つめているのが、妙に心地よかった。



しかし、しゃくりあげる姿を見ていると、困惑が頭をもたげてくる。

 ――俺がいないのが「不満」だと?



これだけ良い条件を出されて、なお、俺に固執する理由が何処にあるんだ?
自慢じゃないが、この一週間 “殴る、蹴る、怒鳴る”で、とてもこの年頃の子供が、好意を抱くような事はしていない。
頭の良いヤツなら、とっくの昔に逃げ出している事だろう。
引き止める理由もないし、行き先がなかったとしても、悟空ならきっと自分の居場所を見つけられる筈だ。

・・・そういう強さを持った子供だ。

  それなのに―――。

強情な瞳が、俺を映したまま揺れているのを見ているうちに、先刻までの焦りのような、苛立ちのような感覚が静まっていくのが分かった。
・・・すると、今度は弱いものイジメをしてしまったような気まずい思いに囚われた。

 ――らしくない。

この子供に会ってから、今まで感じた事がない様々な感情に流される。
体の奥に眠っていたものが、こんな切っ掛けで容易く目覚めるものなんだろうか。
諦めにも似た、初めて知るようなこの感情の名前を――まだ知らない。

 ――深々と溜息をついて、髪を掻きあげた。



「この、バカ猿が・・・」
すっかり毒気を抜かれたせいで、呟く声にトゲはない。

それに気が付いたのか、悟空の瞳からも不安の色が消えた。



そして思い出したように、慌てて手の甲で涙の跡を擦り取ろうとする。
その、まるっきり子供の仕草に、自分が何をムキになっていたのか――分からなくなった。



 差し出してしまった手と、迷いもせずに伸ばされた手。



・・・ほんの一週間前の情景が、ひどく懐かしく蘇える。

それはまるで、ずっと長い年月を一緒に過ごしたかのような懐かしさだった。



「え?」っと見上げてくる顔は、あそこで見たままのバカ面だった。

「さんぞ・・・?」
伸ばした右手が、説明のつかない衝動のままに頭を撫でている。指に触れる髪の感触が、気持ち良い。



「明日、断わりに行く。――お前も付き合えよ。」

短く告げると、さっき泣いたサルが、もう笑ってみせた。



  ・・・・・・何も疑いもしないで。



早まった選択をしたとは思わないが・・・。

慣れない手付きでも、触れられるのは嬉しいらしい。
照れたように、笑みが深くなった。それを見て、

 ―――まぁ、良いか、と。



    どこか安堵したように納得している自分が、何故だか可笑しかった。






 この日の夜、例のごとく、悟空が起き出してベッドの横にやってきた。



いつも朝まで気が付かずにいる事も多いが、今夜は「呼ばれた」気がして眼が覚めた。

そして、当たり前のように寄り掛かって寝入っている姿を見て、ふと、気紛れにその体をベッドに引き上げた。

今回限りだからなと、誰に言い訳しているのか分からない言葉を囁いて、そのまま一緒に眠った。
慣れない温もりに戸惑うが、思ったより悪くはない。




―――朝。

ベッドの上でへたり込むように座った悟空が、今の自分の状況が分からないと云った表情で、目を覚ました俺の顔をマジマジと見つめていた。
・・・バカ面、と呟くと、やっと我に返ったように焦りだした。

「俺、あのっ、勝手に潜り込んだんだっけ?」
「さぁな・・・。」
悟空を押しのけて起き上がって振り返る。
オタオタとついて来る悟空に,意地の悪い笑みを向け、

「次は蹴落とすからな。」――と、脅しをかけた。



すると、さっきまで泣きそうな顔をしていた子供が「・・・うんっ!」と、いきなり明るい眼をして、幸せそうに微笑んだ。 

蹴落とす、の何がそんなに嬉しいのか・・・俺は思わず首を傾けた。





しかし――驚いた事に、これ以来、悟空の夜中の奇行はピタリと治まった。

どういう理由からかは分からないが、やっと安心して眠れる・・・。



ベッドの上で体を丸めるようにして寝ていた子供が、手足を伸ばして寝れるようになるのはまだ、三月ほど後の事だったが――。



   いびきや寝相の悪さに怒鳴られ、本気で蹴落とされるようになるのも、そう遠い日ではなかった。

                                             《終》




一応、こういう形で続けていくのは無理だと、ここでおしまいにしてから、早ニ年・・・・たちました。(2001年5月の事)
(・・・書きたかったお話を、コレで続けるには問題があったからです。)
ずっと、フロッピーの中で眠り続けている筈だったんですが・・・
最近の最遊記のお話しを読んで、もう遅いけど・・・
一回くらいはこんなの考えてたヤツもいたんだよ〜と表に出したくなって、掘り起こしました。(苦笑)

・・・あぁ、懐かしいです。

ここまで読んで下さって、ありがとうvv

P.S. ・・・・ね? いらないでしょう?(michikoさん。)




<みつまめ様 作>

みつまめ様に、思いも掛けずこんな素敵な三蔵と悟空の出会いのお話を頂いてしまいまいました。
(いえ、強請り倒して強奪したと言った方が、正しいです。)
悟空が無邪気で可愛いく、悟空に対する自分の感情に戸惑ってる三蔵の不器用な優しさに、顔が緩んで困りました。
これから色々あっても、この気持ちがあれば、きっと二人は大丈夫と、思いました。
このお話が三蔵と悟空の初書きだなんて、何て素晴らしいのでしょう!
みつまめ様、我が侭を聞いて下さって、こんな素敵なお話をありがとうございました。

うふふ…幸せです。

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