太陽のあたる場所
Side,三蔵 『仕事』先の家は、やはりと云うか、大きな商家の屋敷だった。 成る程、コレではくだらない依頼であっても、無下に断わる訳にはいかない筈だ・・・と思う程に。 寺にも色々と公には出来ない事情、ってもんがある。――つまり、この屋敷の主人は寺院にとって、重要なスポンサーなのだろう。 「多額の寄進をしてくれる」という。
・・・何しろ、『三蔵』様を呼び出すくらいだからな。
扉の前に立つと、声を掛けるまでも無く、待っていたように小僧が現れた。 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」 女中がお茶を運んできて間も無く、主が現れた。 ・・・嫌な眼だった。 一応、口実に使わせて貰った手前、少しは真面目に「仕事」をするつもりだったが、顔を見た途端にその気も失せた。 ・・・このパターンには慣れている。 少し挑発するように、営業用スマイルを浮かべてみた。 ――だが、こっちも好きにさせて貰う。 すっかり勘違いして、好色そうな笑みを浮かべた相手を、意地の悪い思いで眺めた。
侮蔑の色が口元に浮かんでいるのに気付かない男は、三蔵の身体に触れる前に手痛い肘鉄を喰らったのであった。
主人はともかく、「困っている」と云った、依頼の内容は「本物」だったようだ。 どうやら金にモノを言わせて手に入れた骨董品の中に、性質の悪い『憑き物』が憑いていて、それが家の中に「妙な音」をたてたり、何かの「気配を感じる」といった使用人達の不安と怯えを呼んでいたらしい。 特に経文を使う程のモノではなかった。 余りにあっさりとしたその解決方法に、使用人の何人かは疑わしそうな視線を向けてきたが、 「これでもう、騒ぐような事は起きないでしょう」と、『三蔵』様に断言されて黙り込んだ。
整った顔立ちをしているだけに、そう言われると有無を言わせぬ迫力があって、文句が言えないと云うのが本当の処だったに違いない。 そして、屋敷を後に出来たのは、悟空に「戻る」と、言った時間を、少し過ぎた頃だった。
「チッ」 別れた噴水のある広場に悟空の姿を見つけた時、やけに急いで歩いていた自分に気が付いた。 ――らしくない、と苛立ちのままに眉をひそめた。 噴水のヘリに、律儀にも押し付けた荷物を大事そうに抱えたまま、悟空は座っていた。 何を見ていたのか――見ていなかったのか、その流れを追っていたように見えた視線が、不意に三蔵の姿を捉えた。 ・・・と、思った瞬間、こっちが驚くほどの笑顔を顔に浮かべた。 何故だか、チリ、と胸を焼くような感覚がした。
「三蔵ぉ!」 弾む声で名を呼んで――そのまま待っていれば良いのに、立ち上がって駆け寄ろうとする。 そして、小さな手が何かを三蔵に差し出した。 先程まで広場に並んでいた露店は全て片付けられていた為、三蔵は最初「ソレ」を、悟空が拾った物かと思ったのだが・・・。 「これ、そこにいたおじさんに貰った。」 「おい、俺は知らないヤツについて行くなって言わなかったか? 下心もなしに、他人が物をくれる訳無いだろう!」 少し前には、ガラス片などの異物を入れたお菓子を、子供に配っていた男の事件があったばかりなのだ。 そんな気を回す己も、つい、昨日までは「知らない人間」の一人だったのだが・・・。 睨まれて、悟空は困ったように出した手を下ろした。
「・・・・・・じゃ、返さなきゃ、駄目?」 ここで甘い顔をしては駄目だ、と眉間に力を入れた三蔵に、 「これも、貰っちゃった・・・。」 と、黄色の小さな花が二輪、差し出された。
「―――お前・・・、一体、何やってたんだ?」 ドッと疲れた気分になって、思わず力が抜けた。
Side,悟空 三蔵が戻る、半刻程前だったか・・・。 お菓子の出店が片付けられる頃、入れ替わりのように色とりどりの花を積んだ、屋台の車が現れた。 ――何しろ綺麗だった。 自家の花園で育てている花なのか、小さな鉢植えから部屋に飾る切花まで、その種類は様々だが今を盛りに咲いている花は、どれも素晴らしくて目を惹いた。 だから――花はそれだけで、人の心を和ませる物なのだと思った。 そして、見惚れるような視線が向かうのは、黄色の花びらの小さな花だった。 売り子の娘さんとも目が合って、何度か会釈した。
その帰り際に、人待ち顔で座り続けていた悟空に微笑みながら、 「誰か待ってるの? 偉いわねぇ。」と声を掛け、 「ご褒美に、これあげるわv」と、悟空が密かに欲しいと思っていた、あの黄色い花をくれたのだ。
嬉しくて、早く三蔵に見せたくて。 萎れないように噴水の側に置いた花を、チラチラ見ながら楽しみにしていたのだ。貰ったままのお菓子も、似たような理由から食べないでおいた。 ・・・三蔵にあげたら、喜ぶと思ったから。 だから、貰った事を咎めるように睨まれて、悲しくなった。とても良い人達だったから、三蔵の言う「下心」の意味が分からない。
Side,三蔵 悲しそうな眼をして黙り込んだ悟空を見て、これは一度、経験させたほうが早いな、と思った。 ――百篇、説明するより、一度の失敗。 自分が納得できない限り、何度でも同じ事を繰り返すタイプだ。・・・一応、懐く相手は選んでいるようだし? 「・・・分かった。返さなくて良い。お前の好きにしろ。」 「・・・・・・食えって?」 どこかウキウキと、期待に満ちた眼差しを向けられて、どうしたものかと、今度はこちらが困惑した。 ――僧侶への御報謝としてなら、愛想笑いの一つでも振り撒けばいいのだろうが・・・。 仕方ないから、取りあえずその二つを受け取って、菓子に関しては半分に割り、俺の手の動きを追っていた悟空の目の前に突き出した。
「お前の分だ。」 ひどく甘ったるい味がして、一口で食べた事を後悔した。 だが、笑顔一つも返さなかった俺を見ても、悟空は笑っている。 俺が何者かも知らないくせに、どうしてそんなにまっすぐに、見つめることが出来るのか・・・? 甘いばかりの菓子を、幸せそうに口に運んでいる迷いのない金の瞳が、太陽の光を弾いていた。
どこかで見たような・・・既視感があった。
あぁ、そうか。
この黄色い花に似ているのか――と、思った。
Side,三蔵 寺院に帰り着いた翌日から、何時にもまして辺りが騒がしくなった。 おまけにもう一つ、これは俺も知らなかったが『金晴眼』という瞳を持っていた事が、さらに反発を生む結果になった。 古くから寺院に勤めている古参の僧侶は、自慢気に三蔵に言い含めた。 親切めかして「・・・ですから、早めに、手元から離したほうが良い」と言う、年上の僧侶を冷ややかに眺めた。 「では、如何なさるおつもりですか?」 だから・・・。 「そうだな・・・。わざわざ俺が拾ったんだ。 ―――冷たい沈黙が降りた。 余りに堅実的な一般論なうえ、真剣な顔で三蔵が言った為に、相手はからかわれていると気が付けなかったようだ。 ・・・かなりの葛藤が、僧侶の中であったらしい。
その後姿に、 「安心しろ、明日にでも “三仏神”の許可を貰ってくるつもりだ。」 と、声を掛けた。
『神』と敬う相手がうんと言えば、そう大っぴらに反対も出来ない、そういう体質を何より知っていたから、わざと言ってみた。
――たまには「三仏神」の名を利用させてもらおう、と。
明らかに神が施したのだろう封印を、その気は無くとも解いて連れ出してしまったのだから、早晩、呼び出されるのは目に見えている。
Side,悟空 あれから随分歩いて辿り付いたのは、それは大きな建物だった。 『寺院』らしいが、他に比べる物といったら町で見た家くらいしか知らないから、その規模がどの位凄いのかは分からない。 けど、気をつけていても、迷子になる程の広さだと言う事だけは実感した。 ・・・何しろ、戻ろうと思った三蔵の部屋が分からない。 ほんの少し、行動範囲を広げただけのつもりだったが、同じ様な回廊とか、同じ色の屋根ばかりで、方向を確認しようにも決め手になるような物が何も無い。 試しに、高い塔の屋根に登ってみた。 ――が、改めてこの寺院の広さに眩暈がしただけだった。
(どうしよう、早くしないと三蔵が帰ってくる。) 迷子さながらに泣きたくなった。
三蔵は、今日は何かとても偉い人の所に行くからと言って、出掛けてしまった。 一緒に行きたいと騒いだ俺を無視して、朝早くに出掛けてしまったのだ。 戻ってきて俺がいなかったら、三蔵が困るかもしれない。 ――俺の事は、もっと嫌いみたいだけど。 昨日は普通に挨拶して返してくれた人も、翌日にはよそよそしくなる事が何度かあった。 人間が、人間なのと同じで、妖怪も、妖怪なだけなのに、「当たり前の事を、なんで気にするんだろう」と呟いたら、しばらく窓の外に目をやっていた三蔵が、「・・・弱いからだよ」と、始めてみる暗い瞳をして言った。 それは、一瞬で消えてしまったけれど、『弱い』のが三蔵は嫌いなんだと思った。 寺院にいる坊主は、弱いから群れて「神」に縋るのだと、随分後になってから、俺が避けられていた『本当の理由』と一緒に、笑いながら三蔵が言った。 ちゃんと、三蔵が帰るまでには、戻るつもりだったのに・・・と、屋根の上で途方に暮れた。
・・・三蔵は何も言わないけど、酷く悲しい気分になった。
Side,三蔵 「うるせえって、テメーは何度言わせるんだっ。」 本気でイラついたからそう怒鳴ると、西塔の下でうずくまっていた悟空は飛び上がった。 ・・・かなり、痛かった。(クソッ;)
「―――っ、三蔵??」 その、どうしようもない馬鹿面に、またも殴る気が失せた。
この日、俺は宣言したとおり『三仏神』に許可を取り付けるべく、朝早くに悟空を残して斜陽殿へ出掛けた。 捕まっていた当人がいると話しづらいからだが、まったく気が付かないコイツは、これが今生の別れか?と、怒鳴りたくなるくらい情けない顔をして、門の側まで付きまとった。 ・・・・・・胸糞ワリィ。 午後には戻ってくると言っても、この前のようには大人しくしないのは、この寺院の連中が自分をどう見ているか、知ってしまったからだろう。
初めて『三蔵』に呼び出された「三仏神」は、だが、来訪の意図には気付いていたようだ。 余計な前置きも無く、自分が監視者になる事で、寺に悟空を置く事に反対は無かった。 ・・・意外な程スムーズに話が運ぶので、誰かの差し金かと疑っていたら――本当にその通りだった。
『観世音菩薩』だと?
寺院の連中が聞けば、泣いて有り難がる「神様」の名を、不遜に思われない程度の、不機嫌な顔で聞いた。 ―――まぁ、俺にしてみれば都合はいいが・・・。 何しろ「菩薩」様のお墨付きを貰った様なもんだからな。
「まだ、なにか?」 そして、補足のように付け足されたのは、「悟空の制御装置を外させない」事だった。 「あの者が犯した“大罪”について、訊かないのか?」 まったく興味の無さそうな三蔵の様子が、余程、不思議に映ったらしい。 気にするくらいなら、最初から連れ出してなんかいない。――そんな簡単な事が、「神様」には分からないのか。 「・・・手元に置くにしても、これだけは頭に入れておけ。」と、僅かに苦いものを含んでいた。
聞かされた話を要約すると、悟空は「妖怪」にも、「人間」にも属さない、唯一の生命体だと云う事だった。 『岩』から生まれた、と言うのにはさすがに驚いたが。 神が創造した筈の「大地」が生んだ、予測不可能な生き物なのは間違いないだろう。 だが、三蔵にしてみれば、それは「異端な者を手の内から逃がさない」為の『枷』にしか思えなかった。
平伏するフリをして眉を潜めた三蔵に、悟空が封じられていた年月を、「神」はあっさりと告げた。 五百年、か・・・・・・。 人間には途方もなく、想像すらも難しい数字だった。
――どう、とは言えないが、ひどく疲れていた。
そうして、気だるい足取りで寺院に近づいた時、頭の痛い声が響きだした。 ・・・・あの、声だった。 ずっと聞こえていた時と違って、波動のように小さくはなっていたが「呼んで」いるのは、はっきりとしていた。 ――何故か、猛烈に腹が立った。重い気分が、一度に吹き飛ばされる程には・・・。
だから、「声」のする方へ不機嫌も露わに歩き出した三蔵を、門前の掃除をしていた小坊主などは、呆気にとられた顔で、ただ見送った。
そして、塔の下で組んだ腕に顔を埋めるようにして、体を丸めていた悟空を見つけると、その勢いのまま、怒鳴りつけてしまった。 ついでに殴ったのは、どうも斜陽殿から引きずっていた説明の出来ない感情からの、八つ当たりだったかもしれない。痛さに涙を浮かべて見上げてきた顔は、すぐに嬉しげに綻んだ。 殴られても笑うあたりが、三蔵をして「馬鹿」と言わしめる部分なのだが――当人の自覚は無さそうだ。
一過性の苛立ちが静まったのを見計らったように、 「・・・何かしたのか?」 「ううん。今日行ったトコの“偉い人”に。」 ――と、また似合わない、沈んだ表情で言う。 それが、やけに気に障った。
「おい、お前一人を寺に置く位で、俺がイチイチ文句を言わせると思うのか? 大っぴらに許可を取り付けて来ただけだ。馬鹿が余計な頭を使ってんじゃねえよ、サルが。殴るぞっ!」 殴っておいてよく言う、とも思ったが・・・。
「・・・じゃ、俺、此処にいてもいいの?」 「――出て行きたかったら、好きにしろ。」 おい・・・一番の不安は、一人で飯を食べた事じゃないだろうな? 思わず、そう訊きそうになった。
軽く首をかしげて見上げてくる眼が、置いて行かれた事を無意識に責めている。 それだけで――呆気ないくらいに機嫌を直した子供が、いつもの明るい笑顔を見せる。
この光に溢れた金色の、どこに「災い」の影を見つけたらいいのか・・・。
思わず唇を噛んでいた。 《続く》 |
そろそろ、二人が一緒にいる場面が多くなってきて、書きにくくなってきた頃です。(笑)
迷いながら、模索していました。
でも、一番書きたかったのはこの後だったので、もう一息頑張った・・・という。(^^)
・・・悟空の正体、知ろうとしなかった三蔵が書けてちょっと嬉しいv
ゆっくり、ゆっくり、知ろうとしていく二人・・・・・かな?