太陽のあたる場所




      

         Side,三蔵

 『仕事』先の家は、やはりと云うか、大きな商家の屋敷だった。

成る程、コレではくだらない依頼であっても、無下に断わる訳にはいかない筈だ・・・と思う程に。

寺にも色々と公には出来ない事情、ってもんがある。――つまり、この屋敷の主人は寺院にとって、重要なスポンサーなのだろう。

  「多額の寄進をしてくれる」という。



 ・・・何しろ、『三蔵』様を呼び出すくらいだからな。



扉の前に立つと、声を掛けるまでも無く、待っていたように小僧が現れた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
どうぞ、と案内をするよう言い付けられているらしく、すぐに客間に通された。
豪奢な椅子とテーブルは、かなり趣味が悪かった。座る気にもならなくて、三蔵は立ったままで依頼主である屋敷の主人を待つことにした。

女中がお茶を運んできて間も無く、主が現れた。
予想よりはスッキリとした体格の、四十代位のまだ若い男だった。絹物の服に施された、派手な刺繍が眼についた。
主は、部屋で待っていた三蔵に鷹揚に会釈すると、不躾に視線を走らせた。

 ・・・嫌な眼だった。

一応、口実に使わせて貰った手前、少しは真面目に「仕事」をするつもりだったが、顔を見た途端にその気も失せた。
三蔵の予想外の外見と、若すぎる年齢の方により興味を持ったのは明らかだった。

 ・・・このパターンには慣れている。

少し挑発するように、営業用スマイルを浮かべてみた。
それを相手がどう受け取ろうが、そっちの勝手だ。

 ――だが、こっちも好きにさせて貰う。

すっかり勘違いして、好色そうな笑みを浮かべた相手を、意地の悪い思いで眺めた。




・・・その後。

侮蔑の色が口元に浮かんでいるのに気付かない男は、三蔵の身体に触れる前に手痛い肘鉄を喰らったのであった。





主人はともかく、「困っている」と云った、依頼の内容は「本物」だったようだ。

どうやら金にモノを言わせて手に入れた骨董品の中に、性質の悪い『憑き物』が憑いていて、それが家の中に「妙な音」をたてたり、何かの「気配を感じる」といった使用人達の不安と怯えを呼んでいたらしい。

特に経文を使う程のモノではなかった。
掛け軸の中に、織り込まれるようにして巻きついていた動物の体毛らしき短い毛を一本引き抜くと、そのまま念の元になっていた『モノ』共々に燃やした。

余りにあっさりとしたその解決方法に、使用人の何人かは疑わしそうな視線を向けてきたが、

「これでもう、騒ぐような事は起きないでしょう」と、『三蔵』様に断言されて黙り込んだ。



整った顔立ちをしているだけに、そう言われると有無を言わせぬ迫力があって、文句が言えないと云うのが本当の処だったに違いない。
思ったより時間を掛けてしまった事に苛ついた俺は、何かと引き止めようとする家人を振り切った。

そして、屋敷を後に出来たのは、悟空に「戻る」と、言った時間を、少し過ぎた頃だった。





「チッ」

別れた噴水のある広場に悟空の姿を見つけた時、やけに急いで歩いていた自分に気が付いた。

 ――らしくない、と苛立ちのままに眉をひそめた。

噴水のヘリに、律儀にも押し付けた荷物を大事そうに抱えたまま、悟空は座っていた。
夕方の人通りはやけに忙しなくて、沢山の人間が目の前を通り過ぎて行き、そこだけポッカリと取り残されたような空間が出来ている。

何を見ていたのか――見ていなかったのか、その流れを追っていたように見えた視線が、不意に三蔵の姿を捉えた。

・・・と、思った瞬間、こっちが驚くほどの笑顔を顔に浮かべた。

  何故だか、チリ、と胸を焼くような感覚がした。


「三蔵ぉ!」

弾む声で名を呼んで――そのまま待っていれば良いのに、立ち上がって駆け寄ろうとする。

そして、小さな手が何かを三蔵に差し出した。

先程まで広場に並んでいた露店は全て片付けられていた為、三蔵は最初「ソレ」を、悟空が拾った物かと思ったのだが・・・。

「これ、そこにいたおじさんに貰った。」
「・・・貰った?」
子供が今日あった事を、親に報告するような口ぶりで言う。
買い食い出来るような金を渡していなかったのだから、それは本当の事だろう。―――しかし。

「おい、俺は知らないヤツについて行くなって言わなかったか? 下心もなしに、他人が物をくれる訳無いだろう!」

少し前には、ガラス片などの異物を入れたお菓子を、子供に配っていた男の事件があったばかりなのだ。
被害が広がる前に犯人は捕まったが、また起きないとも限らない。
初めて出会った、あの宿屋の主人夫婦の様な人間の方が珍しいのだという事を、教えておくべきだろう。
・・・誰にでもホイホイついて行くようでは、何時か痛い目をみる。

そんな気を回す己も、つい、昨日までは「知らない人間」の一人だったのだが・・・。

睨まれて、悟空は困ったように出した手を下ろした。


「・・・・・・じゃ、返さなきゃ、駄目?」
鮮やかな金色の目が、困惑に揺れている。

ここで甘い顔をしては駄目だ、と眉間に力を入れた三蔵に、

 「これも、貰っちゃった・・・。」

 と、黄色の小さな花が二輪、差し出された。



  「―――お前・・・、一体、何やってたんだ?」

       ドッと疲れた気分になって、思わず力が抜けた。









         Side,悟空

 三蔵が戻る、半刻程前だったか・・・。

お菓子の出店が片付けられる頃、入れ替わりのように色とりどりの花を積んだ、屋台の車が現れた。
父親らしき人物と、その娘かと思われる若い女性が、綺麗な声で運んできた花を売り始めたのを、丁度、目の前の位置にいた悟空はウットリと眺めていた。

 ――何しろ綺麗だった。

自家の花園で育てている花なのか、小さな鉢植えから部屋に飾る切花まで、その種類は様々だが今を盛りに咲いている花は、どれも素晴らしくて目を惹いた。
きびきびと花を売って働く二人も生き生きとして、買って行く人の顔も穏やかだった。

だから――花はそれだけで、人の心を和ませる物なのだと思った。

そして、見惚れるような視線が向かうのは、黄色の花びらの小さな花だった。
名前は知らないが、三蔵の髪を思い出すようなその色に、自然と笑みが浮かんだ。

売り子の娘さんとも目が合って、何度か会釈した。
その内、沢山積まれた花もほぼ売り切れて、二人は来た時のように台車を押して去って行った。



その帰り際に、人待ち顔で座り続けていた悟空に微笑みながら、

「誰か待ってるの? 偉いわねぇ。」と声を掛け、

「ご褒美に、これあげるわv」と、悟空が密かに欲しいと思っていた、あの黄色い花をくれたのだ。



嬉しくて、早く三蔵に見せたくて。

萎れないように噴水の側に置いた花を、チラチラ見ながら楽しみにしていたのだ。貰ったままのお菓子も、似たような理由から食べないでおいた。

 ・・・三蔵にあげたら、喜ぶと思ったから。

だから、貰った事を咎めるように睨まれて、悲しくなった。とても良い人達だったから、三蔵の言う「下心」の意味が分からない。
「何をしていた」と言われても、上手く説明も出来なくて・・・・・・。









      

             Side,三蔵

悲しそうな眼をして黙り込んだ悟空を見て、これは一度、経験させたほうが早いな、と思った。

 ――百篇、説明するより、一度の失敗。

自分が納得できない限り、何度でも同じ事を繰り返すタイプだ。・・・一応、懐く相手は選んでいるようだし?
何だか、余計な気を使ったのがバカみたいだ。

「・・・分かった。返さなくて良い。お前の好きにしろ。」
溜息まじりに呟けば、
「だから、はい、三蔵。」
大真面目に、花と、お菓子を差し出してきた。

「・・・・・・食えって?」
まさかと思ったが、笑顔で頷かれた。
昨日からの悟空の食べっぷりからすると、貰ったお菓子をその場で食べないで、今まで取っておいたこと事態が信じられない事なのだから、俺へのプレゼント(?)のつもりなのかもしれない。

どこかウキウキと、期待に満ちた眼差しを向けられて、どうしたものかと、今度はこちらが困惑した。
そもそも、何かを貰うとしても、『三蔵』としての己に対するものばかりで、こんなふうに何の見返りも期待せずに俺に渡される物には、まったく慣れていないと言って良い。

 ――僧侶への御報謝としてなら、愛想笑いの一つでも振り撒けばいいのだろうが・・・。

仕方ないから、取りあえずその二つを受け取って、菓子に関しては半分に割り、俺の手の動きを追っていた悟空の目の前に突き出した。



「お前の分だ。」
そう言って、残り半分は口に入れた。

ひどく甘ったるい味がして、一口で食べた事を後悔した。

だが、笑顔一つも返さなかった俺を見ても、悟空は笑っている。

俺が何者かも知らないくせに、どうしてそんなにまっすぐに、見つめることが出来るのか・・・?

甘いばかりの菓子を、幸せそうに口に運んでいる迷いのない金の瞳が、太陽の光を弾いていた。




どこかで見たような・・・既視感があった。


   あぁ、そうか。

       

         この黄色い花に似ているのか――と、思った。









         Side,三蔵

寺院に帰り着いた翌日から、何時にもまして辺りが騒がしくなった。
大方の予想はしていたが、妖怪とすぐに分かる額の制御装置を見て、頭の固い寺の連中が何も言わない訳が無かった。

おまけにもう一つ、これは俺も知らなかったが『金晴眼』という瞳を持っていた事が、さらに反発を生む結果になった。
初めて見た時に「珍しい色の瞳だな・・・。」とは思ったが、異端扱いされる程とは思わなかったのだ。

古くから寺院に勤めている古参の僧侶は、自慢気に三蔵に言い含めた。
『黄金の瞳』は古来より吉凶の源とされ、異端者として忌み嫌われる物であったと。
・・・連れてきた本人だからではなく、三蔵としては「そんな苔の生えたような言い伝えを、いちいち恐れていられるかっ。」と云った感慨しか持たなかった。

親切めかして「・・・ですから、早めに、手元から離したほうが良い」と言う、年上の僧侶を冷ややかに眺めた。
――正直、バカバカしくて、聞いているのも苦痛だった。
だが、自分の忠告が何の意味も成さないと知って、相手は少し対応を変えてきた。

「では、如何なさるおつもりですか?」
さっさと追い出せと、云いたいのを我慢しているのが、いっそ笑える。

だから・・・。

「そうだな・・・。わざわざ俺が拾ったんだ。
まず、其れなりの勉強をさせて手に職をつけたら、仕事を見つけて独立させて、家でも持たせようか? 嫁取りの話とかは、その後だ。」
流れるように、一般的な庶民の暮らしを披露してやった。

 ―――冷たい沈黙が降りた。

余りに堅実的な一般論なうえ、真剣な顔で三蔵が言った為に、相手はからかわれていると気が付けなかったようだ。
口にした三蔵も笑いを堪える為に、いっそう無表情になっている。

・・・かなりの葛藤が、僧侶の中であったらしい。
本気なのか、ふざけているのかと、忙しく顔色を変えながらも、諦めたように退室して行く。



その後姿に、

「安心しろ、明日にでも “三仏神”の許可を貰ってくるつもりだ。」

と、声を掛けた。



『神』と敬う相手がうんと言えば、そう大っぴらに反対も出来ない、そういう体質を何より知っていたから、わざと言ってみた。
ビクッと肩を揺らした背中を見て、悪ふざけが過ぎたか・・・とも思ったが、日頃の意趣返しも兼ねてまぁ、許される範囲だと密かに笑った。



 ――たまには「三仏神」の名を利用させてもらおう、と。



明らかに神が施したのだろう封印を、その気は無くとも解いて連れ出してしまったのだから、早晩、呼び出されるのは目に見えている。
面倒な事はさっさと終わらせるに限ると、数日留守にしていただけで溜まってしまった書類に手を伸ばした。









         Side,悟空

 あれから随分歩いて辿り付いたのは、それは大きな建物だった。

『寺院』らしいが、他に比べる物といったら町で見た家くらいしか知らないから、その規模がどの位凄いのかは分からない。

けど、気をつけていても、迷子になる程の広さだと言う事だけは実感した。

・・・何しろ、戻ろうと思った三蔵の部屋が分からない。

ほんの少し、行動範囲を広げただけのつもりだったが、同じ様な回廊とか、同じ色の屋根ばかりで、方向を確認しようにも決め手になるような物が何も無い。

試しに、高い塔の屋根に登ってみた。

――が、改めてこの寺院の広さに眩暈がしただけだった。



(どうしよう、早くしないと三蔵が帰ってくる。)

 迷子さながらに泣きたくなった。



三蔵は、今日は何かとても偉い人の所に行くからと言って、出掛けてしまった。

一緒に行きたいと騒いだ俺を無視して、朝早くに出掛けてしまったのだ。
・・・だからこそ、暇を持て余した結果――こんな事になってしまったのだけど・・・・・・。

戻ってきて俺がいなかったら、三蔵が困るかもしれない。
ここには沢山の人がいるけど、特に三蔵を好きな人はいないみたいだった。
「一番偉い」と言うのは、どういう事なのか良く分からないけれど、どこかヘンな眼で三蔵を見るし。

 ――俺の事は、もっと嫌いみたいだけど。

昨日は普通に挨拶して返してくれた人も、翌日にはよそよそしくなる事が何度かあった。
何かしたかな?・・・と、不安になった。
三蔵に訊いたら、お前が「妖怪」だからだろう、と言われた。

人間が、人間なのと同じで、妖怪も、妖怪なだけなのに、「当たり前の事を、なんで気にするんだろう」と呟いたら、しばらく窓の外に目をやっていた三蔵が、「・・・弱いからだよ」と、始めてみる暗い瞳をして言った。

 それは、一瞬で消えてしまったけれど、『弱い』のが三蔵は嫌いなんだと思った。

寺院にいる坊主は、弱いから群れて「神」に縋るのだと、随分後になってから、俺が避けられていた『本当の理由』と一緒に、笑いながら三蔵が言った。

ちゃんと、三蔵が帰るまでには、戻るつもりだったのに・・・と、屋根の上で途方に暮れた。
迷子になってたってバレたら、あついら、また何か三蔵に嫌な事を言うかもしれない。
連れて来られた時も、後で色々言われていたみたいだった。



   ・・・三蔵は何も言わないけど、酷く悲しい気分になった。









      

       Side,三蔵

「うるせえって、テメーは何度言わせるんだっ。」

本気でイラついたからそう怒鳴ると、西塔の下でうずくまっていた悟空は飛び上がった。
信じられないって眼で振り返った頭に、容赦なく拳骨を食らわせた。

   ・・・かなり、痛かった。(クソッ;)



「―――っ、三蔵??」
「勝手に出歩いておいて、帰れなくなったからって俺を呼びつけるとは、いい度胸だな?」
「・・・・・・???」
殴られた頭を押さえて、身に覚えはありませんって顔で、サルが見上げてくる。

 その、どうしようもない馬鹿面に、またも殴る気が失せた。





 この日、俺は宣言したとおり『三仏神』に許可を取り付けるべく、朝早くに悟空を残して斜陽殿へ出掛けた。

捕まっていた当人がいると話しづらいからだが、まったく気が付かないコイツは、これが今生の別れか?と、怒鳴りたくなるくらい情けない顔をして、門の側まで付きまとった。
おかげで、生まれて初めて「後ろ髪が引かれる」と云う気分を味わってしまった!

・・・・・・胸糞ワリィ。

午後には戻ってくると言っても、この前のようには大人しくしないのは、この寺院の連中が自分をどう見ているか、知ってしまったからだろう。
――一番似つかわしくない場所に、残されるのだから。




初めて『三蔵』に呼び出された「三仏神」は、だが、来訪の意図には気付いていたようだ。

余計な前置きも無く、自分が監視者になる事で、寺に悟空を置く事に反対は無かった。
「監視」と云う言葉が気になったが、何故、勝手に岩牢から出したのか? 等の、ウザイ詰問はされずに済んだ。

・・・意外な程スムーズに話が運ぶので、誰かの差し金かと疑っていたら――本当にその通りだった。



  『観世音菩薩』だと?



寺院の連中が聞けば、泣いて有り難がる「神様」の名を、不遜に思われない程度の、不機嫌な顔で聞いた。

―――まぁ、俺にしてみれば都合はいいが・・・。

何しろ「菩薩」様のお墨付きを貰った様なもんだからな。
これで鬱陶しい連中の戯言も、少しは減るって事だ。
話は済んだと踵を返しかけた時、これも初めてだが、慌てた声で呼び止められた。



「まだ、なにか?」
と云うと、苦虫を噛み潰したような顔が見下ろしていた。
何時も偉そうに呼び出す「神」の、そんな表情も初めてで、内心面白がる気配を押さえるのに苦労した。

そして、補足のように付け足されたのは、「悟空の制御装置を外させない」事だった。
・・・その口ぶりから、どうもそれがあの岩牢へ繋がれる結果を生んだらしいのは予想がついた。

「あの者が犯した“大罪”について、訊かないのか?」

まったく興味の無さそうな三蔵の様子が、余程、不思議に映ったらしい。

気にするくらいなら、最初から連れ出してなんかいない。――そんな簡単な事が、「神様」には分からないのか。
無言で見つめ返した三蔵の様子を見て、初めて感情の窺える声が掛かった。

「・・・手元に置くにしても、これだけは頭に入れておけ。」と、僅かに苦いものを含んでいた。





聞かされた話を要約すると、悟空は「妖怪」にも、「人間」にも属さない、唯一の生命体だと云う事だった。

『岩』から生まれた、と言うのにはさすがに驚いたが。

神が創造した筈の「大地」が生んだ、予測不可能な生き物なのは間違いないだろう。
だから、額の金鈷(制御装置)も「神様」特製のもので、「神」のみが施せる物だからと、再度、外させぬようにと繰り返した。

だが、三蔵にしてみれば、それは「異端な者を手の内から逃がさない」為の『枷』にしか思えなかった。
岩牢からは自由になれても、その実、「神」の管理下からは自由にはなれないのだと言う “異端の烙印”。
地上に生きている物はすべて、「神」が “監視”しているのだとでも云うような、そんな傲慢さが鼻についた。



平伏するフリをして眉を潜めた三蔵に、悟空が封じられていた年月を、「神」はあっさりと告げた。

五百年、か・・・・・・。

人間には途方もなく、想像すらも難しい数字だった。
・・・聞き終えた三蔵は、形だけは何時もと変わらぬようにして、斜陽殿を出た。


        ――どう、とは言えないが、ひどく疲れていた。





そうして、気だるい足取りで寺院に近づいた時、頭の痛い声が響きだした。

 ・・・・あの、声だった。

ずっと聞こえていた時と違って、波動のように小さくはなっていたが「呼んで」いるのは、はっきりとしていた。

 ――何故か、猛烈に腹が立った。重い気分が、一度に吹き飛ばされる程には・・・。



だから、「声」のする方へ不機嫌も露わに歩き出した三蔵を、門前の掃除をしていた小坊主などは、呆気にとられた顔で、ただ見送った。
戻った三蔵を出迎えようとする他の僧侶も、似たような反応しか返せない。



そして、塔の下で組んだ腕に顔を埋めるようにして、体を丸めていた悟空を見つけると、その勢いのまま、怒鳴りつけてしまった。

ついでに殴ったのは、どうも斜陽殿から引きずっていた説明の出来ない感情からの、八つ当たりだったかもしれない。痛さに涙を浮かべて見上げてきた顔は、すぐに嬉しげに綻んだ。

殴られても笑うあたりが、三蔵をして「馬鹿」と言わしめる部分なのだが――当人の自覚は無さそうだ。



一過性の苛立ちが静まったのを見計らったように、
「三蔵、何か嫌な事、言われなかった?」
と、気遣わしい声で、おずおずと、らしくなく訊いてきた。

「・・・何かしたのか?」
出掛けている間に、もう、面倒な事をやらかしたのかと、身構えると、

「ううん。今日行ったトコの“偉い人”に。」

――と、また似合わない、沈んだ表情で言う。

  それが、やけに気に障った。



「おい、お前一人を寺に置く位で、俺がイチイチ文句を言わせると思うのか? 

大っぴらに許可を取り付けて来ただけだ。馬鹿が余計な頭を使ってんじゃねえよ、サルが。殴るぞっ!」

殴っておいてよく言う、とも思ったが・・・。



「・・・じゃ、俺、此処にいてもいいの?」
今日出掛ける羽目になった元凶が、呑気に訊く。

「――出て行きたかったら、好きにしろ。」
「いるっ!」
「だったら、こんなトコで迷ってんじゃねぇ。」
「だって三蔵以外、俺の事見つけてくれなかったから・・・。」
「口ごたえすんな。煩く “呼んで”たくせに。」
「・・・・・。じゃ、明日は一緒に、ご飯、食べれる?」
「―――。」

おい・・・一番の不安は、一人で飯を食べた事じゃないだろうな? 思わず、そう訊きそうになった。



軽く首をかしげて見上げてくる眼が、置いて行かれた事を無意識に責めている。
・・・溜息を吐きたくなって、癖の強い前髪を乱暴に掻き回してやった。

 それだけで――呆気ないくらいに機嫌を直した子供が、いつもの明るい笑顔を見せる。




  この光に溢れた金色の、どこに「災い」の影を見つけたらいいのか・・・。

  

  

         思わず唇を噛んでいた。

                                    《続く》




そろそろ、二人が一緒にいる場面が多くなってきて、書きにくくなってきた頃です。(笑)
迷いながら、模索していました。
でも、一番書きたかったのはこの後だったので、もう一息頑張った・・・という。(^^)
・・・悟空の正体、知ろうとしなかった三蔵が書けてちょっと嬉しいv
ゆっくり、ゆっくり、知ろうとしていく二人・・・・・かな?

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