refuge (1) |
「見つけたぞぉ」 下卑た声音が聞こえたと思う間もなく、背後から刃が降ってくる。 「うげ〜っ」 袖口で返り血に濡れた顔を拭うと、悟空は走り出した。 「あそこだ!」 隠れていた岩影から追い立てられるように走り出た悟空の姿を見つけた妖怪が仲間に叫ぶ。 「くっそぉ、いったい何匹いやがんだよぉ」 横合いから青竜刀が悟空の足を薙ぎ払う。 「気持ち…ワリィ」 顔を歪めて呟く。 「何だってんだよぉ」 悟空の問いかけに答えるものはなく、一斉に刃が突き出される。 「どきやがれ!」 袈裟懸けに妖怪の身体を引き裂くと、倒れ込む身体を踏み台に先へと走る。 「待てっ!」 どれぐらい戦っているのだろう。 確か、いつものように春の陽気に誘われて遊びに裏山へ来たはずだった。 最近、妖怪達が狂ったように人間を襲い始めたという話を聞いた。 その原因が何処にあるのか。 それを探るために、三蔵は忙しい寺院の仕事の合間に、頻繁に出掛けていた。 「しつこいっ!」 迫る妖怪達を振りほどくように走り、悪態を吐く。 「こんのぉ…!」 振り下ろした如意棒を青龍刀で受け止められた。 「あっ…」 一瞬の驚愕が、僅かの隙を生む。
何とか襲ってきた野盗という名の妖怪達を悟空は振り切り、撃退した。 「ってぇ…」 妖怪の刀で引き裂かれた腕の傷を切られた袖で縛った。 「これ、気に入ってたのに…」 むうっと、唇を尖らせたが、思い切って切れたところからズボンを引き裂き、切られた太股の傷を縛った。 足を引きずって歩きながら空を見上げれば、いつの間にか太陽は山の向こうに沈もうとしていた。 「……帰んなくっちゃ…」 けれど、殆ど日がな一日、襲ってきた妖怪達と戦った身体は、悟空が思う以上に疲れ切っていた。 倒れた灌木にぶつかって、転がり落ちる悟空の身体は止まった。 「…っ!…ってぇ…」 身体を止めた灌木にもたれて斜面を見上げれば、落ちた道は結構上にあった。 「どうしよ…かぁ…」 こぼれた言葉に力はなく、悟空は大きなため息を吐いた。 「何…?」 耳を澄ませば、呼んでいる。 「この下…?すぐ近いの?」 問い返せば、聲が頷いた。 「そこなら…大丈夫なんだ」 聲に頷けば、早く来いと促された。 「……わかった」 悟空は頷くと、灌木に手を付いて立ち上がり、痛む身体と足を引きずりながら、聲の呼ぶ方へ歩き出したのだった。
やがて辿り着いたそこには、桜の古木がひっそりと、けれどたわわに薄桃色の花を付けて佇んでいた。 「…お前?」 桜の木に問えば、ふるりと目の前の枝が花と共に揺れた。 「そっか…ありがと」 悟空は桜に向かってふわりと笑顔を向けると、その根元にくずおれるように座り込んだ。 「ごめん…ちょっと休ませてくれよな…」 幹にもたれた悟空は、いつの間にか昇った青い満月に照らされた明るい夜空に浮かぶ綺麗に咲いた桜の花を見上げて笑った。
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