refuge (1)

「見つけたぞぉ」

下卑た声音が聞こえたと思う間もなく、背後から刃が降ってくる。
その刃をかわして振り向き様、如意棒を叩き付ける。
妖怪の身体が二つに裂け、悟空はしたたかに返り血を浴びた。

「うげ〜っ」

袖口で返り血に濡れた顔を拭うと、悟空は走り出した。

「あそこだ!」

隠れていた岩影から追い立てられるように走り出た悟空の姿を見つけた妖怪が仲間に叫ぶ。
血糊で滑る手を服で拭いて、悟空は如意棒を構え直した。

「くっそぉ、いったい何匹いやがんだよぉ」

横合いから青竜刀が悟空の足を薙ぎ払う。
考えるより先に身体は宙を舞い、下から突き上げてくる槍をかわして如意棒を突き立てた。
その如意棒を通して断末魔の痙攣が伝わってくる。

「気持ち…ワリィ」

顔を歪めて呟く。
如意棒を梃子に降り立てば、待ってましたとばかりに囲まれた。

「何だってんだよぉ」

悟空の問いかけに答えるものはなく、一斉に刃が突き出される。
その刃をかいくぐり、打ち払って悟空はまた、走り出した。

「どきやがれ!」

袈裟懸けに妖怪の身体を引き裂くと、倒れ込む身体を踏み台に先へと走る。

「待てっ!」

どれぐらい戦っているのだろう。
追いすがる妖怪達を打ち払い、薙ぎ倒し、返り血を浴びて悟空は無尽蔵に湧いてくる妖怪達と一人で戦っていた。

確か、いつものように春の陽気に誘われて遊びに裏山へ来たはずだった。
桜が満開を迎え、仕事が忙しくなってきた、いや、既に忙しい三蔵を労うために、綺麗な桜の木を探していた。
毎年、この季節、桜の美しい姿を捜して山の中を歩く。
時に、桜に埋もれた渓谷を見つけ、時に誇り高い姿を見つけ、時に何よりも美しい姿を見つける。
そのたびに、仕事に追われている三蔵を無理矢理連れ出し、見つけたその姿を二人で見上げた。
今年もそれを楽しみにしていたのに。
それなのに、どうして───

最近、妖怪達が狂ったように人間を襲い始めたという話を聞いた。
まるで何かに取り憑かれたように、人間を襲い、貪るという。

その原因が何処にあるのか。
その原因が何なのか。

それを探るために、三蔵は忙しい寺院の仕事の合間に、頻繁に出掛けていた。
出掛ける後ろ姿が酷く疲れていたのを見つけた時、今年は特に念入りに綺麗な桜を探したのだ。
それが、こういう事態を招くなど、考えも付かなかった。
何より、寺院の裏山は安全だと思っていたのだ。
そうして、こういう事態になって初めて、遠出して遊ぶ時は気を付けろと、三蔵に言われていたことを思い出す。
思い出せば、己の楽観が恥ずかしかった。

「しつこいっ!」

迫る妖怪達を振りほどくように走り、悪態を吐く。
が、悪態を吐いても妖怪達の数は減りはしなかった。
倒しても倒しても湧いてくる妖怪達に、いくら高い戦闘力と体力のある悟空であっても、休み無しの戦闘はその体力を確実に奪っていた。

「こんのぉ…!」

振り下ろした如意棒を青龍刀で受け止められた。

「あっ…」

一瞬の驚愕が、僅かの隙を生む。
その隙を逃さず妖怪達は悟空に向かって刃を振り下ろした。




何とか襲ってきた野盗という名の妖怪達を悟空は振り切り、撃退した。
けれど、無傷という訳にいかず、悟空は身体のあちこちに怪我を負った。

「ってぇ…」

妖怪の刀で引き裂かれた腕の傷を切られた袖で縛った。
ズキズキと痛むが、動かせない程ではない。
他にもあるかと、身体を見回せば、太股も切られていた。
口を開けた傷口と裂けたズボン。

「これ、気に入ってたのに…」

むうっと、唇を尖らせたが、思い切って切れたところからズボンを引き裂き、切られた太股の傷を縛った。
そして、悟空は疲れ切った身体を引きずるようにして、妖怪達の骸が転がる場所から離れた。

足を引きずって歩きながら空を見上げれば、いつの間にか太陽は山の向こうに沈もうとしていた。

「……帰んなくっちゃ…」

けれど、殆ど日がな一日、襲ってきた妖怪達と戦った身体は、悟空が思う以上に疲れ切っていた。
だから、いつもなら気付く道の変化に気付かなかった。
あっと、思った時には、悟空の身体は宙を舞い、そのまま斜面を転がり落ちていった。

倒れた灌木にぶつかって、転がり落ちる悟空の身体は止まった。
その拍子に傷付いた箇所が酷く痛む。
低く呻いて響く痛みに耐え、悟空は身体を起こした。

「…っ!…ってぇ…」

身体を止めた灌木にもたれて斜面を見上げれば、落ちた道は結構上にあった。
自分のいる位置と道の位置を見比べて、思わずため息が出る。
痛む身体で下草の生い茂った急な斜面を登るのは、どう考えても無理があった。

「どうしよ…かぁ…」

こぼれた言葉に力はなく、悟空は大きなため息を吐いた。
と、呼ばれた。

「何…?」

耳を澄ませば、呼んでいる。

「この下…?すぐ近いの?」

問い返せば、聲が頷いた。

「そこなら…大丈夫なんだ」

聲に頷けば、早く来いと促された。

「……わかった」

悟空は頷くと、灌木に手を付いて立ち上がり、痛む身体と足を引きずりながら、聲の呼ぶ方へ歩き出したのだった。




やがて辿り着いたそこには、桜の古木がひっそりと、けれどたわわに薄桃色の花を付けて佇んでいた。

「…お前?」

桜の木に問えば、ふるりと目の前の枝が花と共に揺れた。

「そっか…ありがと」

悟空は桜に向かってふわりと笑顔を向けると、その根元にくずおれるように座り込んだ。

「ごめん…ちょっと休ませてくれよな…」

幹にもたれた悟空は、いつの間にか昇った青い満月に照らされた明るい夜空に浮かぶ綺麗に咲いた桜の花を見上げて笑った。
桜の月光に照らされた柔らかな白い姿が大好きなあの人の姿のように見えて。
少しずつ薄れていく意識の端で悟空はその姿を思うのだった。




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