refuge (2) |
「日が暮れる…」 西の空を見やって三蔵は忌々しげに呟いた。
仕事の区切りがついた夕刻間近、、養い子と約束していた夕餉を取ろうと寝所に戻ってみれば、側仕えの僧侶がうろうろと落ち着かない様子でいた。 「何だ?」 と、問えば、寝所に帰って来た三蔵に気付いた僧侶が縋るような視線を向けてきた。 「笙玄?!」 その何時にない様子に怪訝な顔を向けて理由を話せと促す三蔵の言葉に、笙玄は不安げな色を顔に張りつかせたまま、頷いて話し出した。 最近、寺院の裏山に続く山道と街道で妖怪の野盗が出没するようになったという話を街へ出掛けた修行僧から聞いたという。 だからといって、寺院の敷地である裏山に妖怪の野盗の根城があるかも知れないと聞かされれば、彼らが寺院近くに出没しないとは、言えないではないか。 だから、話を聞いてすぐ、危険だから裏山へ行く時は十分気を付けるようにと、悟空に告げる前に、悟空は笙玄が呼び止める間もあらばこそ遊びに飛び出して行った。 「もういつもならとっくに戻っている時間なのです。でも、まだ戻って来なくて…それに裏山には野盗がでるので気を付けるようにと言う前に飛び出して行ったので…」 心配だと。 「……笙玄…」 あまりな笙玄の心配のしように、三蔵はどこの過保護の母親かと、目眩を感じた。 「三蔵様、探しに行かせて下さい」 笙玄の切羽詰まった言葉に三蔵は沈みかけた思考から顔を上げた。 「悟空が強いのはわかっています。でも……」 それでも万が一ということだってあるかもしれない。 「──お願いいたします、三蔵様」 その笙玄の言葉に、三蔵は大きなため息を吐いた。 「いい、俺が行く。お前は飯の支度をして待ってろ」 三蔵の言葉に、笙玄は固まった。 「お前はお前の出来ることで悟空を待ってればいい。それで十分だ」 そうだ。 「行ってくる」 ようやく落ち着いた様子を見せた笙玄に告げて、三蔵は出掛けてきたのだった。 裏山へ向かう道すがら、頭に響く悟空の声なき聲は、何も三蔵に危機を告げてはいない。 それが、裏山に入って暫くしてから、三蔵をはっきりと呼ぶようになった。 「笙玄の心配は的中らしい…」 忌々しげに舌打ち、三蔵は悟空の姿を求めて歩みを急がせた。
三蔵がそこへ辿り着いた時には、悟空に倒された妖怪の骸が転がっていた。 「数が…多すぎる…」 見渡す骸の数に、三蔵はどれ程の間悟空は一人で戦っていたのかと思う。 それほどの数。 それは徒党を組む妖怪達の数が、噂以上であった証拠だ。 日が暮れる。 「どこにいやがる…」 いつもなら簡単に見つかる悟空の姿が、ざわつ大地の気配に紛れて見つけられない。 「あのアホウ…面倒かけやがって」 三蔵は落ち着かない気持ちを静めようとタバコを取り出してくわえ、一息吐く。 「…悟空」 愛し子の名前を呟いて三蔵はタバコに火を付け、深く吸い込んだ。 「見つけた」 確かに悟空の気配を掴んだ三蔵は、もう一度タバコを深く吸い込んで煙を吐き出し、悟空の姿を求めて歩き始めた。 「…うぜぇ」 大地の三蔵を急かすざわめきを鬱陶しそうに舌打ち、三蔵は悟空が辿った道を知らず辿っていた。 「こっち…か…」 ひらりと身を翻し、三蔵は斜面を迂回する道を下へ下って行った。 そうして辿り着いたそこには桜の古木がひっそりと月光を受けて佇んでいた。
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