refuge (3) |
駆け寄る三蔵の足が止まった。 桜の古木。 と、動かない三蔵に焦れたのか、風が血の匂いを運んできた。 「……っ!」 三蔵の身体に纏い付くように強い風が吹き、子供の上に積もっていた花びらを吹き上げる。 「悟空…」 横たわる悟空の傍らへ近づく程、風が運んできた血の匂いが濃くなる。 「!!」 髪と言わず、顔も着ている服も腕も足も、血に染まっていた。 「悟空っ!」 慌てて抱き起こせば、どこか痛んだのか、むずかるように身体を捩り、小さく唸る。 よくぞこれだけの怪我で済んだと。 痛そうに顰められた顔に着いた血を法衣で拭って、そっとその頬を叩いた。 「…悟空、悟空」 頬を叩く三蔵の手を煩そうに払う仕草を見せ、やがて悟空は目を覚ました。 「………さ、ん…ぞ?」 掠れた声が三蔵を呼んだ。 「悟空」 と、名を呼んだ。 暫く、悟空の好きなようにさせた後、落ち着いた頃を見計らって自分から引きはがした。 「…落ち着いたか?サル」 言われて、悟空はゆっくりと頷き、長く深い息を吐いた。 「何で、三蔵がここにいるんだ?」 と、小首を傾げて、不思議そうに訊いてきた。 「探しに来たんだよ、サル」 と、いつになく素直に答えれば、悟空の瞳が驚きに見開かれた。 「──うそ…」 思わず零れた言葉に、ハリセンが何の予備動作もなく悟空の頭に炸裂した。 「ってぇ──っ!」 あまりの痛さに頭を抱えて蹲れば、 「死ね、くそザル」 と、怒りに彩られた三蔵の声と一緒に今度は蹴られた。 「何すんだよっ!」 痛さに涙目で三蔵を睨めば、 「捨てていく」 と、三蔵は踵を返した。 「…へっ?」 その余りな行動に怒ることも忘れて三蔵の背中を見上げれば、三蔵の白い法衣に血が付いていることに気付いた。 「…ぁ」 悟空の上げた声に三蔵の肩が僅かに揺れた。 「ゴメン…」 言葉は素直にこぼれ落ちた。 「ゴメン、心配…かけたよな、三蔵…ゴメン」 帰ると言って動かない三蔵の傍に躙り寄り、法衣の裾を掴んだ。 「…なあ…ゴメンって…三蔵」 ぎゅっと、握って引っ張れば三蔵の身体が揺れた。 「ゴメン…」 その汚れの酷さに悟空は一瞬、瞳を見開きすぐに項垂れた。 「アホウ」 声と共にくしゃりと血で強張った頭が掻き混ぜられた。 「──うん」 頷けば、ぽんと頭を叩かれ、 「帰るぞ」 言われて引っ張り上げられ、そのまま悟空は三蔵の肩に担がれた。 「ちょ…さ、三蔵っ!」 いきなりの行為に驚いて暴れれば、尻を叩かれた。 「喧しい。これ以上手間かけさせるな、サル」 言われて、 「だって…」 それでも納得できずに言い募る言葉は、三蔵の言葉に消えた。 「よく頑張った」 頷く悟空の笑顔は誇らしげだった。 「さんぞ…?」 身体が傾いたことで、三蔵が何をしたのか気付いた悟空が、呼べば、ぽんと尻を軽く叩かれた。 「帰るぞ」 歩き出した三蔵の肩に担がれたまま桜を振り返った悟空が、 「ありがと」 そう言って手を振った。
end |
2 << close |