金色のパズル 銀色のクレヨン (1)

「凄い格好ですねぇ…金蝉。総長の威厳は何処に置いてきたんですか?」

泥だらけで暴れる子供を肩に担ぎ、開いた片手に世に言うお砂場セットを持った金蝉が、疲れ果てた顔をして玄関先に座り込んでいる姿を見つけた天蓬は、おもちゃを見つけた子供の様な顔をして声を掛けた。

「うるさい…」

楽しそうな天蓬の声に、むっと、不機嫌な声で言い返しながら、自分を上から見下ろす右腕の男を金蝉は睨む。
そのきつい視線などこたえた様子もなく、金蝉の手からお砂場セットを天蓬は受け取った。
金蝉の肩の上でもっと遊ぶと、だだをこねる子供の姿に、顔をほころばせる。
だが、子供を担ぐ金蝉の機嫌は、すこぶる悪いように見えた。
そんなことも知らず、子供はバタバタと手足をばたつかせる。

「やだぁ、もっと遊ぶぅ──っ」

肩の上で暴れる子供の丸い尻を叩くと、金蝉は玄関に放り出した。

「喧しい!ちったぁ聞き分けろ」
「やだっ」

ころんと玄関の板の間に仰向けに転がったまま、子供はまろい頬を膨らませる。
手足を大の字に広げて拗ねる子供を天蓬は抱き上げ、笑いかけた。

「悟空、お父さんはこれからお仕事に行く準備をしなきゃいけないんですよ。だから、聞き分けて下さいね」
「でも…まだ、遊びたいの…」
「お父さんだって可愛い悟空と遊びたいのはやまやま何ですが、お仕事しないと、悟空、ご飯食べられないし、悟空の好きなみんなにお給料払えないでしょ?だから、我慢しましょうね」

天蓬の柔らかな声で語られる説得に、悟空はしゅんとうなだれてしまう。
そんな悟空の様子に金蝉は仕方ないとため息を一つ吐き、天蓬の手から悟空を抱き取った。

「また、明日遊んでやる」
「ホント?」
「ああ」
「やったぁ!」

ぎゅっと金蝉の首に悟空は抱きつく。
何処の誰よりも悟空に甘い、金蝉だった。




幼子を腕に抱く金蝉は、傘下の組員を含めると二万人はくだらない構成員を持つ日本有数の暴力団昇竜会竜王組の総長だった。
金髪に紫暗の瞳の美丈夫で、その手腕は警察からも一目置かれるほどの存在である。
そして、金蝉は、妻を病気で亡くした。
その妻との間には五歳になる一粒種、悟空がいた。

妻の面影をその幼い容に宿した大地色の髪に大きな金色の瞳の息子は、人なつっこく、やんちゃな子供だった。
妻が死んだ時、悟空はまだほんの赤ん坊であったので、母親のぬくもりも優しさも知らずに大きくなった。
だが、それに余りある愛情を金蝉は、悟空に注いでいたのだった。

掌中の宝。
いや、竜王組の宝。
金蝉と共に、全ての構成員にとって掛け替えのない存在だった。




「お風呂沸いてますから、綺麗にして来て下さい」
「ああ…」

先程の不機嫌はどこに行ったのか、金蝉は悟空を抱いたまま風呂場へ向かった。
その後ろ姿を見送る天蓬は、込み上げる笑いを我慢するのに相当の努力が必要だった。






パタパタと湯上がりの上気した顔をほころばせて、身体を拭こうとする金蝉の手から逃げる。

「待て、悟空」

追いかける金蝉に遊んで貰っている気で居る悟空が、言うことを聞くはずもなく、濡れた髪から雫をまき散らしながら、濡れた小さな足跡を残して廊下を駆けてゆく。
一方、金蝉は下履きの上にズボンを穿いただけの姿で、バスタオルを広げて悟空を追いかける。

「こら、待ちやがれ」

金蝉が怒鳴るたびに、悟空の可愛い口から笑い声が零れる。
バタバタと家の中を親子が追いかけっこをする様を、自宅に詰めている組員達は、楽しそうに見ていた。




どうにかこうにか、逃げ回る悟空を捕まえた金蝉は、けらけらと笑う悟空の身体を拭いてやり、長い髪を乾かしてやる。
丁寧に髪を梳かし、黄色いリボンで結わえてやった。

息子の育児を初めて早五年、すっかり板に付いた金蝉だった。




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