暖かい冬・後編 (2007.2.23〜4.25/寺院時代) |
なだれ落ちた土の山を乗り越え、崩れた回廊の残骸を跨いで、寺院の裏手に回った時、また大地が揺れた。 「三蔵!笙玄!」 その時、丁度、三蔵が先に回廊の残骸を跨ぎ越し、そのすぐ後を笙玄が続いて跨ぎ越した所だった。 「三蔵様!」 三蔵の上に倒れてくる柱に気付いた笙玄が三蔵を突き飛ばす。 「何を…!」 突き飛ばされた三蔵が後ろを振り返った。 「!!」 二人は抱き合ったような形で石くれだらけの回廊に叩き付けられ、転がった。 本当なら三蔵と笙玄は為す術もなく倒れ込んできた回廊の柱の下敷きになるはずだった。 「悟空!!」 三蔵と笙玄の叫び声が瓦礫の崩れる轟音の中で聞こえた気がした。
気付いて見上げたたそこは見慣れない模様が描かれた天井だった。 変わらず、人の気配がしない。
次ぎに見知った人の気配に悟空は目を覚ました。 「……ここ…」 どこ?と、聞こうとした悟空の言葉は目の前に現れた三蔵の顔を見た途端、途切れてしまった。 「…ッぁ!」 声もなくまた転がれば、 「動くな、バカ」 そう言って三蔵がそっと、悟空の躯を支え、横たえた。 「お、俺…どうしたんだ?」 どうして躯中が痛いのか、訳がわからないと三蔵に問えば、三蔵は驚いた表情を見せ、ついで脱力したようなため息を吐いた。 「さん…ぞ…?」 何故そんな態度になるのか、益々訳がわからないと、困惑した顔をして三蔵を見上げれば、 「益々、バカになったか…」 と言われて、悟空は軽く頭を叩かれた。 「何だよぉ…言ってくれねえとわかんねえ」 叩かれた意味がわからずにむうっと、顔を顰めれば、三蔵は、 「無茶するからだ」 と、悟空を睨んだ。 「…無茶って……──あっ!」 思い出した。 「思い出したか?」 頷いて、三蔵の顔を改めて見上げれば、三蔵は仕方ない奴と言わんばかりの顔で悟空を見下ろしていた。 「……ごめん」 謝れば、 「いいさ。お前が俺と笙玄を突き飛ばさなかったら、三人とも下敷きになっていたしな」 そう言って、そっと額に触れた。 「でも…ごめん」 助かっても三蔵に迷惑と心配を掛けたことはわかるから、悟空には謝ることしかできない。 「もう謝るな」 そう言って三蔵にまた、軽く額を金鈷の上から叩かれて、悟空は仄かに笑った。
三蔵と笙玄の元へ寺院の僧侶達が入れ替わり、立ち替わり姿を見せるようになった。 大地の揺れはまだ続いていて、時々起こる大きな揺れで、何処かが崩れたり、壊れたりする気配がしていた。 僧侶達が入ってくる様子でここが大雄宝殿だと知った。 悟空の痛む背中かから伝わる大地の動きや気配は、最初に感じた程苦しそうではなくなっているようで、悟空は少し安心したのだった。 「…うん…大丈夫だよ?」 悟空が自分達が起こした揺れで傷を負ったのを酷く心配する大地の聲に、悟空は何度も「大丈夫だ」と「平気だ」と、告げていた。 今年の狂った気候の所為で大地母神の気が乱れ、清浄な気を貯めるべき時期に汚れが混じった為だというのだ。 冬は秋に自然と大地が澱んだ汚れを浄化した気を蓄える季節だ。 その気の浄化が今年は上手く出来なかった。 「…仕方ないって…人が原因の事もあるし、違うことだって…今年はそういう年なんだよ」 悟空の言葉に大地は微かな聲で答えを返し、その余波で愛しい大地の子供に怪我を負わせたことを、大地は深く憂いていた。 「…もう…大丈夫なら、お願いだよ…」 ぎゅっと、両手を祈るように合わせ、悟空は真摯に願った。
夜が明けた。 どうにも現場へ行かなければ片づかない仕事をようやく終え、本堂に戻ってくれば、悟空が躯を起こしてるのを見つけた。 「さんぞ…」 呼べば、三蔵は何も言わずに悟空の傍らにごろりと寝転がった。 「三蔵?」 寝転がった三蔵の顔を悟空がどうしたのかと、覗き込めば、首を掴まれ、あっという間に三蔵の腕の中に悟空は抱き込まれてしまった。 「三蔵…大丈夫か?」 腕の中から問えば、 「……ああ」 と、面倒臭そうで、気怠げで、眠そうな返事が返ってきた。 「どうした?」 問われて、強がることも出来ずに、素直に悟空は自分の状態を告げる。 「…ぁえっと…この体勢だと痛いんだけど…」 その言葉に三蔵は苦笑を漏らして、腕を緩めた。 「これで大丈夫」 そう言って笑顔を向ければ、三蔵は薄く笑ってまた、けれど今度は悟空の負担にならないように柔らかく抱きしめた。 「まだ…痛いか?」 と、悟空の髪に鼻先を埋めるようにして三蔵が問えば、 「う…んと、背中と節々がまだちょっと痛いけど、もうへーき」 そう言って、悟空は笑った。 「そうか」 頷いて、そっと悟空の髪に口付けを落とした。 「寝てないんだ」 と、言えば、 「役立たずが多すぎるからな」 と、噛み殺したあくびと一緒に返事が返った。 「眠い?」 と、訊けば、 「少し寝る。お前も寝ろ」 と、返事が返り、三蔵は瞬く間に眠ってしまった。 起きたらまた、昨夜よりも三蔵は忙しくなる。 そんな三蔵の負担が少しでも軽くなるように、三蔵のために、大地がもう揺れないように祈るから。 「……守るからね」 疲れきった顔で眠る三蔵の寝顔に悟空はそう、呟いた。 大地に祈りながら─────
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